献辞
辰村さんとの出会い
記憶の質と量に驚嘆
「人が生きる」重さを教えられた
第1章 第2次世界大戦にほんろうされて
-中国東北部で敗戦,引揚者として金沢市で-
1.わが故郷中国「長春市」
2.満州での幼年期
1)いっこうに日焼けしない色白の子供だった
2)ままごとからちゃんばらへ
3)怒ると怖かったけれど自分を可愛がってくれた父
4)ナイフでレコード盤を切りつけた父
3.日中戦争から太平洋戦争
1)一路戦争へと突入していった日本
2)敵と戦うのが光栄だと思っていた
3)ソ連軍の空爆を受けた新京市
4)13年間の命,夢まぼろしの満州国
4.太平洋戦争の終結と父との生き別れ
1)腰に軍刀を吊った父に驚く
2)満州国立中央銀行の地下室に避難
3)ロシア語を覚えろと言った父
4)ソ連軍に拉致された父 それが生き別れ
5)容疑の戦争犯罪は晴れたが,極寒の地で死んでいった父
5.父と別れてから内地に帰るまで
1)ストーブを囲んで夜遅くまでの団欒
2)母に頼まれ父のネクタイをソ連兵に売った
3)貧しくても規律正しかった共産党軍
4)日本の陸地は水蒸気に包まれていた
6.金沢での暮らしの始まり
1)母の実家の大きな家に転がり込んだ
2)四国の実家に帰って行ったお手伝いさん
3)金沢市の小学校に3年生として転入
4)貧しかった当時の日本の食糧事情
5)売り食い生活,竹の子生活
6)叔母が朝食を食べずに出勤し始めた
7.新薬ペニシリンのこと
8.弟敏治の死
1)変わり果てた弟の病の床の姿
2)死の床で「とうちゃん返せ,とうちゃん返せ」と泣き叫んだ弟
9.教育基本法公布のころ〜失恋第1号
1)読書の習慣がついたころ
2)失恋の味を知らされた
3)新カリキュラムによる新しい事業を受ける
4)自由で何でも言えるさわやかな新しい教育制度を満喫
10.父の死の知らせと母方の叔母の結婚
1)母方の叔母の結婚式
2)叔母の嫁ぎ先で読書三昧
11.祖母のおかげ
1)祖母の家から物がどんどんなくなっていった
2)最初に部屋を借りたのは四高の学生
3)金沢大学教育学部付属中学校に合格
第2章 東京での新しい生活になじめず発病
1.新しく進学した中学校の第一印象
2.中学生にはなったけど
1)小学校の延長のような中学生生活
2)友人から借りて貪り読んだ本の数々
3)学業がおろそかになり,先生方に叱責され
3.母の死
4.所詮は文弱
1)金沢の伯父が兄弟の後見人になって援助してくれた
2)中学・高校時代,ひそかに恋した女性はいたけれど
3)尾を引く結核への恐怖
5.高校・大学受験のころ
1)金沢大学の東洋史の先生が同居
2)永井荷風に親しんで理科の先生を心配させた
3)読まなければよかった「クロイツエルソナタ」
4)NHK交響楽団の演奏に酔う
5)忘れられない反戦短編小説「ピエールとリュース」
6)八千草薫を観に汽車に乗って富山へ
7)統合失調症の予兆
6.大学入試のころ
7.人生は不可解なり
1)自分の時代にも「倫理」の教育があったら
2)知的探究心旺盛のままに
3)西洋の哲学者を列記すると……
8.論語読みの論語知らず
1)1学年1,000人の学生がいた経済学部
2)青春を謳歌していた学生寮の生活
10.道を踏みはずす
1)酒,煙草,映画,喫茶店通いを覚えた
2)パチンコにのめり込み借金だらけの生活に
11.腐った身のほど知らず
1)慣れない郵便小包配達のアルバイトで風邪をひき
2)1個10円のまんじゅうで飢えをしのぐ
3)かつてつき合っていた女性につきまとって
4)統合失調症を発症して最初の入院
5)薬物・電気ショック・インシュリンショック療法を受けて
第3章 精神病院と私
1)初めての入院で地獄の1丁目と言われ
2)幻聴に導かれてガラス窓に突入
3)保護室の隣人
4)歌人G氏との出会い
5)同性愛の片鱗を垣間見た
6)仕事探しの苦労
7)大宮駅のプラットホームから精神病院へ
8)今でも忘れられない患者
9)3時間かかった胃潰瘍の手術
10)苦しめられてきた痛みから解放されて
11)過食の結果ぎっくり腰に
12)患者は最下層,医者,看護婦,看護人には絶対服従
13)女性患者にお世話になった
14)患者の搬送の手伝いをしてコーヒー牛乳等をもらう
15)看護学生に搬送の要領を伝える
16)精神科病棟の掃除や配食・配膳をする
17)飴と鞭の患者管理法
18)忘れられない旅の思い出
19)やどかりの里をだれも教えてくれなかった
20)忙しかった病院の厨房でのボランティア仕事
21)ケースワーカーが来て私は退院できた
第4章 私の就労体験
1)最初の就職は再発で依願退職に
2)ビニール工場で単純作業
3)転職,小さな町の不動産屋の店員へ
4)とにかく働きに働いた
5)いくつかの仕事,そして病気の再発
6)エンジュでの仕事と仲間たち
第5章 今を生きる
1.地域に生かされて
22年間の長期入院を経て,自分らしく生きている私
1)病院で死ぬ覚悟を決めて
2)もう1度自由な生活を
3)「やどかりの里」との出会い
4)まるで御殿のような部屋
5)アパートと援護寮を利用して社会生活を勝ち取る
6)生活支援センターはまさに生活の支援をしてくれる所
7)精神障害者もごく普通の市民生活を送れる
2.やどかりの里のグループホーム
企画者,取材者として
1)アパートであってもそれぞれが独立している世帯
2)「やどかりの里」のグループホームの歴史と特徴
3.体験発表の講演を続けるわけ
4.自分の夢,これからの希望
おわりに