<イギリス生まれの若者が、親指一本で日本を旅してまわった、ユーモア溢れる回想録。
おかしくて、ちょっと懐かしいエピソードが満載!>
平成4年、オックスフォード大学を卒業し、神戸に留学したばかりのコリン・ジョイスは、広島に住む友人に会うため、ヒッチハイクの旅を計画する。お笑いコンビ・猿岩石によって、日本でもヒッチハイクが身近な存在になる4年前のことである。
「誰も拾ってくれないよ。日本にヒッチハイクなんてないから」。みんなそう忠告した。それでも、強情っぱりなコリンは、無鉄砲にも出発する。日本語も満足に話せないくせに。その初めての旅で、ヒッチハイクが切り開く途方もない可能性を知ることになる。
当時の日本は物価が高く、交通費の節約という大義名分もあったが、それにも増して、“新しい友人”との出会いは貴重だった。異国の言葉や文化・習慣を学ぶのに、これほど適した手段もなかった。時間はたっぷりあった。すっかりヒッチハイクに魅了されたコリンは、7年間にわたって、その後も旅を重ねていく。
東京・京都間、神戸・広島間を数回。東北、北陸、四国はもちろん、北海道を最果ての稚内まで縦断したり、九州南端の鹿児島まで足を延ばしたり。“優しい”日本人に導かれた旅は、驚きと発見に満ちていた。