―武田勝頼は土佐で生き延びていた?―
戦国・安土桃山時代に活躍した武将であり、かの武田信玄を父に持つことでも知られる武田勝頼。
信玄の死後、その父でも落とせなかった高天神城を落城させ、支配地を拡大するなど名将ぶりを発揮した勝頼だったが、そんな彼の死に関しては、1582年、日川のほとりの田野で織田軍勢に追いつかれ、自害したとの説が有力とされている。
しかし、その歴史を慎重に紐解くと、あるもう一つの説が浮かび上がってくる。
それは、勝頼は田野で自害したのではなく、土佐で生き延びていたというものである。
近年注目されつつある、武田勝頼の土佐における生存説に触発された著者が、その真実を紡ぐべく、綿密な検証を重ねながら描いた渾身の歴史物語。