大河ドラマ『べらぼう』の主人公・蔦屋重三郎と歌麿はともに吉原生れの親友で、版元と絵師の関係でもあった。歌麿がいかにして絵師となり吉原という特殊な環境で成長していったのかを、作品の画風、技法、構図、題材の変遷をたどりながら考察する。
江戸時代、歌麿が人気絶頂期に同じ版元蔦屋重三郎から颯爽と登場して消えていった謎の絵師が写楽だ。じつは、写楽は歌麿であるという説がある。そこには幕府の出版界への弾圧と出版界の抵抗という緊張関係がうかがえる。版元の蔦屋重三郎らと絵師である歌麿が写楽を生み出し、幕府の出版業界への弾圧を巧妙にかわしていたのだ。本書では、浮世絵や錦絵など386点の図版を掲載し、江戸の世相風俗を示しながら歌麿と写楽の関係を解き明かす。
本書の目的は歌麿の評伝であり、同時に歌麿は写楽でもあったということの証明にもある。
「歌麿が写楽だったとは!」
大首絵、雲英摺り、襦袢の脇から両腕を出す奇抜なポーズ、上品な色調、視線の落とし方、確かに同一の作風だ。ところが唯一の同時代文献「浮世絵類考」は、歌麿と写楽を別人と記載している。筆者はこれを歌麿擁護のための捏造記載とみなす。この文献を制作したのは歌麿の親友たちなのである。
写楽の役者絵は、返討ちに遭う不運な侍、不義密通をした娘の命乞いに切腹する親、主君の息子と偽って我が子の首を差し出す無情の親、など武士道の弱点ばかり。ご法度の心中ものさえ描いた。かくて写楽は幕府のお尋ね者に。写楽は不人気で消えたのではない。歌麿という正体が露見しそうで、危なくて続けられなかったのだ。本書の白眉は学者たちが金科玉条に信じている「浮世絵類考」のからくりを明かすところにある。