本書は大きく言って二つの目的がある。ひとつは、民俗技術とはどのようなものなのか検討し、それが現代社会の中でいかなる意義を持っているかを考察することである。もうひとつは、本書で民俗技術として注目するエリと呼ばれる大型の迷入陥穽漁具について歴史的展開を跡付けながら、伝承されてきた理由を究明することである。一つ目の目的に関しては、2004年の文化財保護法改正により「民俗技術」が民俗文化財指定の要件に追加されたことで、あらためて研究者が民俗技術に関心を寄せるようになった。しかし、民俗技術については文化庁の指針を唯一の拠り所とするだけで、きちんとした議論はなかった。本書では、民俗技術について原理的検討を加えた上で、その記録保存の手法として民俗技術誌を提唱する。民俗技術誌の試みは、①人と自然との関係②人と人との関係③人と社会との関係という3つの側面から立体的に民俗技術の特性を描くものである。二つ目の目的は、日本において世界的に見ても希なほど大規模化・複雑化した陥穽漁具のエリを例にして民俗技術を生業史の中に位置づけることである。筆者はこれまで稲作と漁撈との複合生業の様相から日本の稲作の展開史に関する研究を進めてきた。そこで明らかになったことは、日本の稲作を高度な単一化(稲作への特化)へと向かわせた最大の要因が、漁撈を稲作の内部に取り込んだことにあると考える。そうした漁撈の内部化に大きな役割をはたしたのが小型の陥穽漁具のウケ(筌)であったが、そのウケに対し、エリはまったく別の展開を示した。つまり、エリの場合、生計活動が稲作へ特化するとともにウケのように内部化されるのではなく、反対に稲作農民の生業技術の体系から外れていったと考えられる。この点を明らかにし、日本における生業史の中にエリを位置づける。具体的に本書の内容を示すと、まず初めに、琵琶湖(滋賀県)・木崎湖(長野県)・涸沼(茨城県)という3地点の迷入陥穽漁法について、それぞれ民俗技術誌を描き、それらが生み出され伝承されてきた技術的背景を分析する。また、全長1200メートルを超えるほどに大規模化・複雑化した琵琶湖の迷入陥穽漁法について、その先進性を木崎湖および涸沼の迷入陥穽漁法と対比して論じる。続いて先に示した3地点の迷入陥穽漁法に対応し、それぞれの地域で迷入陥穽漁法が伝承されてきた社会的背景について、地域住民の生活環境誌を描くことで明らかにした。そして生活に占める低湿地の意味と、そこで展開される農と漁の複合生業に注目して生活環境誌を描き、3地域の民俗技術誌と生活環境誌を受け、まずは先進地である琵琶湖において迷入陥穽漁法が大規模化・複雑化してゆく歴史展開について論じた。その上で、先進地の琵琶湖と後進地である涸沼・木崎湖と比較することで、迷入陥穽漁法の起源と展開について論じた。結果、迷入陥穽漁法の歴史展開には、①ヨシ場(低湿地)内の漁②ヨシ場と湖面との接点における漁③湖面での漁という3つのステージを設定することができることが分かった。本書は日本学術振興会の令和7年度科学研究費補助金(研究成果公開促進費)の交付を受けた