本書はフィールドワークから惹起される小さな疑問から出発している。「自然」とは何か。それは民俗学において生業研究をおこなってきた筆者にとっては、たえず頭のどこかに引っかかってきた問題である。そして、それは同時に「文化」とは何なのかという問題とも重なる。、いちおう筆者は以下のように考えている。文化とは、人が個人的また社会的な生活を送る上で必要な知恵・技術や情感・行動のうち、遺伝的に獲得されたもの以外のすべてを指す。文化は自然の対義語とされることが多いが、その文化から自然を規定することはできないか。
逆説的な言い方をするなら、人が文化とするもの以外はすべて自然ということになる。自然は形あるものもあれば、観念として想起されるものもある。そうなると、そもそも文化とは自然と対立するものなのか、という疑問に突き当たってしまう。むしろ民俗学がフィールドとする生活世界においては自然と文化は対立するものというよりは、さまざまに関係し合うものであり、相互浸透的な存在であるといった方がよい。
地域に暮らす人びとへの聞き取り調査により捕捉可能な自然は、いつも文化との連続性の中にある。少なくとも、暮らしや生業と切り離され、対置されるような関係として語られることはない。民俗学の手法で知り得る生活世界においては、「自然」はまさに「文化」そのものである。本書は、そうした発想のもとにまとめたものである。自然との係わり方から視たとき鮮明となる文化の体系性のひとつに「分類」と「命名」があり、そこに注目するのが本書の特徴である。 分類と命名は生活世界においてはまさに「生きるための技術」として機能する。ひと言でいえば、本書は、生きるために人はいかに自然を利用してきたか、その技法と特性を、自然認識のあり方から探るものである。具体的には、民俗学の手法を用いることで生活者の視点に立ち、自然利用に伴う分類と命名の行為に注目する。自然観とは、いわば自然との付き合い方の技法、または人による自然の解釈の仕方でありその描き方であるということができよう。そのとき、もっとも基本的な自然との付き合い方となるのが、自然を分類し命名するという行為に現れる。これは従来、民俗学では民俗知識・民族技術の分野に属する研究であり、民俗分類学や民俗自然誌とも深く関わる。
そのとき、「自然観」を抽象的な議論を通してではなく、生活世界で繰り広げられる生活の営みの具体に求めるのが本書の狙いである。生活世界において人が自然のどの部分とどのようにかかわってきたかを五感のレベルにおいて具体的に描くことで、その人、その地域、またその時代において「自然」とは何なのかを影絵のように浮かび上がらせることができる。言葉の定義を厳密化し抽象的に議論することの必要性は認めつつも、それはともすると民俗学が重視する生活の現場から遊離した議論になりがちである。
そこで、生活世界にある自然の事物や現象を取り上げ、それがいかに人に対峙するのかを時代性・地域性の中に見てゆくことにした。自然と人のかかわりについて民俗学の蓄積を用い整理分析。