編:小倉 幸夫
小倉尚人(おぐらなおと)
1944年、満州(旧地名)生まれ。東京学芸大学美術科を卒業後、仏道と画道を「不二の行」として画道に専念し、30歳から40歳にかけて描き上げた抽象曼陀羅の作品(金剛界、胎蔵界各9点、計18点は、1点が畳二畳の大きさ)は、「芸術新潮」、新聞等、多くのメディアに取り上げられました。
しかし、「名利は自分の成長の何の役にも立たない」と、社会との関係を断ち、三十三観音像、羅漢像、釈迦涅槃図など、多数の仏画を描き続けました。その画風には、現代芸術に通じる独創的なものが感じられます。残された作品は、具象画、抽象画を含め約900点にのぼり、仏画の多くは南相馬市の寺に奉納されました。最終的には山水画に制作の境地を求めましたが、完成することなく、2009年、64歳の生涯を終えました。