人間のあり方を問う一環として,著者は前著『ハイデガーと倫理学』において倫理学の視座からハイデガー哲学に光を当てたが,多くの問題が残された。本書はその課題に応えるために,ハイデガーの哲学から人間論を切り出す試みである。
ハイデガーは人間論を正面から扱うことはしなかったが,彼の長い,弛まぬ思考は常に人間の存在への問いへ帰還した。著者はテクストに添って考察を進めるとともに,実存の立場から独自の経験と知見をまじえて人間論を構想する。
『存在と時間』を拠点に,著者は前期と後期の作品にまで射程を伸ばして考察する。初めに平均的日常性から現存在の存在構造である「世界内存在」を明らかにし人間存在論の基礎を据え,自己本来的自己はいかに獲得されるかを検討する。次に歴史性の意味を見定めた上で「被投性」と「投企」の内容を彫琢し,さらに人間の歴史的世界を越えて生の領域へ踏み込むとともに自由の問題を分析,最後にハイデガー人間論の核心とも言うべき「現-存在」に帰入することにより,ハイデガー人間論の可能性を問う。