まえがき
序論
1.はじめに
1.1.問題意識/1.2.本研究の性質
2.研究の状況
2.1.全体的状況/2.2.先行研究展望/2.3.研究状況のまとめ
3.課題と構成
4.対象と方法
5.用語について
【本人・家庭原因説の具体例】
第1部 不登校研究前史展望
序章
第1章 不登校は戦後の現象か
1.不登校は戦後の現象か
2.戦前・戦中期のクラスメートの不登校
3.戦前・戦中期の自分自身の不登校
4.戦後まもない時期の自分自身の不登校
5.不登校は戦後の問題ではない
6.「出会い」の時期と「出現・発生」の時期の混同
7.不登校の原因になり得る教師/教師が原因で不登校は起こり得る
8.専門家は子どもたちの心の声を聴き取っていたのか
9.専門家にとっての学校と不登校の子どもにとっての学校
第2章 浮き彫りにされた不登校の子どもと関連学会の発足
1.1959年のわが国で最初の不登校論
2.放縦児:戦前の不登校
3.放縦児と不良児:不登校は大した問題ではない
4.「学校がきらいなら行かなくてもよい」
5.1950年代後半に絶対的な規範性を帯びた学校制度
6.学校へ行く/行かないをめぐる法的位置付けの不変と社会心情の変化
7.学会-学界の発展と不登校問題の混迷
【第1部関連年表】
結章
第2部 本人・家庭原因説の主張と放棄
序章
第1章 学界における本人・家庭原因説の主張と放棄
1.小泉英二への照準
1.1.『児童(青年)精神医学とその近接領域』を用いたスクリーニング
1.2.小泉の変説の典型性、及び専門家としての代表性
2.小泉の本人・家庭原因説の成り立ち
3.小泉は本人・家庭原因説をなぜ放棄したか
4.小泉の非例外性:平井信義との共通
5.小泉の問題点:レトリックと非科学性
6.四日市喘息と不登校問題のアナロジー
7.不登校を公害病とのアナロジーで捉えていた渡辺位
第1章補論 なぜ本人・家庭原因説は主張され続けたか──専門家に内面化された学校教育への親和性
1.臨床家がクライアントを傷付けていた
2.専門家に内面化されている学校教育への親和性
第2章 文部省による本人・家庭原因説の主張と放棄──社会史的視点からの考察
1.文部省による本人・家庭原因説の放棄に対する考察の重要性
2.不登校の増加だけが文部省の本人・家庭原因説の放棄の理由か
3.朝倉景樹の先行研究:当事者運動と文部省の変説
4.法務省の動向
4.1.法務省による「不登校児人権実態調査」とその独自性/4.2.なぜ法務省の調査は実施されたか/4.3.行政当局が明らかにした「教師や学校も不登校の原因」
5.稲村批判と学校不適応対策調査研究協力者会議の発足
5.1.1988年の稲村批判/5.2.1984年及び1987年の稲村と文部省との深い関わり
6.法務省の調査結果と文部省による本人・家庭原因説の放棄
7.ポリティクスとレクイエム
【第2部第2章関連年表】
結章
第3部 わが国の不登校研究の問題点
序章
第1章 「父性の不在/父親像の弱体化」原因説の盲点──対照群との比較検討の不在化
1.高木隆郎の不登校論
1.1.「母子関係」から「父性」へ/1.2.「父性の不在/父親像の弱体化」が中心的な原因/1.3.「父性の不在/父親像の弱体化」原因説の主張
2.高木の原因論への疑問
2.1.「父」の問題は不登校に限られていたのか/2.2.「父」の問題は一般的な社会現象ではなかったか
3.高木の不登校研究の問題点
3.1.一般的現象ゆえに不登校にも当てはまったのではないか/3.2.方法的問題点:対照群との比較検討の不在化
4.高木の問題点の学界へのフィードバック
4.1.『児童(青年)精神医学とその近接領域』へのフィードバック/4.2.フィードバックの結果:高木の問題点の普遍性
5.「正常対照群」とほとんど差のなかった両親の養育態度
5.1.「対照群との比較検討」を行った1986年の三原ら論文/5.2.三原ら論文への疑問:方法的不備と非論理性/5.3.「父性の不在/父親像の弱体化」原因説の不支持
第2章 「肥大した自己像」原因説の行方──英語圏と日本語圏で
1.鑪幹八郎の不登校論
1.1.「母子関係」から「子どもの自己」へ/1.2.自己像や自己意識の病理が中心的な原因/1.3.レーベンタールとの「一致」
2.1970年代の英語圏における「肥大した自己像」原因説のフェードアウト
2.1.「母子分離不安」原因説から「肥大した自己像」原因説へ/2.2.対照群を用いた「肥大した自己像」原因説の検証/2.3.「肥大した自己像」原因説のフェードアウト
3.日本語圏における「肥大した自己像」原因説の君臨:1963年~1990年
3.1.1966年の宇津木えつ子による「肥大した自己像」原因説/3.2.鑪-宇津木-村山-玉井-鑪の「肥大した自己像」原因説の主張/3.3.「肥大した自己像」原因説の臨床心理学界における君臨
4.「肥大した自己像」原因説の日英比較考察
4.1.再び「対照群を用いた検証の不在化」という方法的問題点/4.2.その他の問題点/4.2.1.英語文献に対する目配りの甘さ/4.2.2.根拠に基づかないいいかげんな発言を許す風土
第3章 1980年代の教育学による不登校理解──横湯園子の教育科学研究会賞
1.教育学と不登校
1.1.教育学による不登校研究/1.2.横湯園子の教育実践と教育科学研究会賞
2.健二の不登校をめぐる横湯の実践報告
2.1.教師による差別の影響が無視できない健二の不登校/2.2.「人格形成の問題」として捉えられ続けた健二の不登校
3.哲也の不登校をめぐる横湯の実践報告
3.1.体罰の影響が無視できない哲也の不登校/3.2.本人の内面の弱さの問題として捉えられていった哲也の不登校/3.3.「学校の問題」には触れぬままの問題解決
4.教育科学研究会による本人・家庭原因説の肯定
4.1.学校の問題か子どもの問題か/4.2.「自我の再構成」という個人化/4.3.評価の理由:「発達と教育」/4.4.「本人の内面の問題」として解決するしかない=「学校の問題」にならない
結章
結 論