第一章 大航海時代、イエズス会の方略 ―布教と言語
一 日本情報の収集と日本語研究
二 イエズス会宣教師たちの「適応主義」と言語教育
三 マテオ・リッチの「適応主義」と東西交流
四 表舞台から消えた宣教師たち
第二章 帝政ロシアの思惑と通訳の育成 ―日本語教育一一〇年の歩み
一 一八世紀のペテルブルクで日本語教育が始まる
二 高まる需要、日本語通訳とイルクーツク日本語学校
三 それぞれの遺産、史実に眠る想い
四 日露接触その後
第三章 長崎出島とオランダ ―ひそかに学んだ日本語
一 イギリスの退去と宣教師の再上陸
二 「出島の三学者」ケンペル、ツンベリー、シーボルトの情報収集
三 オランダ商館長による日本語辞書・文法書
四 日本語研究の始祖ホフマン、ライデン大学に現る
第四章 絹とジャポニスム ―交易と美術、日本語が学ばれるとき
一 蚕がフランス・イタリアと横浜をつなぐ
二 パリの東洋語学校とロニー
三 イタリアの苦悩と戦略
四 黎明期の交流、ギメの東洋語学校とジャポニスム
第五章 近代化の扉を開いた各国の日本語人材 ―開国前夜に始まる日本語学習
一 バタヴィア、マカオ、琉球での取り組み
二 横浜で生まれたピジン、外交言語はオランダ語から英語へ
三 フランス―琉球で学んだ宣教師たち
四 イギリス―書き言葉の習得と日本研究
五 アメリカ―宣教師ヘボンの功績
第六章 戦争がもたらす対日観と日本語教育
―日露戦争と第一次世界大戦
一 列強諸国の対日観と日英同盟時代のイギリスの日本語教育
二 リトアニア、ブルガリア、ポーランド、オーストリア=ハンガリー帝国
三 黄禍論とドイツの研究基盤
四 日露戦争とウラジオストック東洋学院
五 ペテルブルク大学出身者たちの日本留学とその後
第七章 広報活動と枢軸国の日本語教育―戦間期から大戦下にかけて
一 対日認識への懸念、民間事業と国際文化振興会
二 枢軸国の教壇に立つ日本人留学生
三 ドイツで教えた講師―北山淳友・村田豊文・岩倉具実
四 対日世論と日本語講師の使命
第八章 連合国の日本語教育と情報戦―戦間期から第二次世界大戦期をへて
一 イギリスの同盟国オランダ―本国と蘭印
二 日本の「隣人」―英連邦オーストラリア
三 アメリカ―対日情報戦と空前絶後の語学兵の養成
四 イギリス―粋を集めた戦時日本語コース
五 そして現在へ
おわりに
参考文献
人名索引
事項索引