隣接のビル毀(こぼ)たれて川渡る電車の音の間近に聞こゆ
五合目にゐると友よりメールきて遥けき富士を部屋より眺む
おはやうと遺影の夫に声かけて我の一人の今日を始める
モノクロの景となりゆく多摩川の寂しさも良し雪降りしきる
薄れゆく夫思ひ出すよすがにと暗証番号忌日としたり
作者広田澪子さんは、長く麦短歌会のリーダーとして府中市の文化活動に寄与するかたわら、みずからの境涯を短歌作品に結晶させながら真摯に生の歩みを重ねる本格派歌人である。
本歌集『糸ぐるま』はそんな広田さんの豊かな人生の軌跡と言ってもよいだろう。鋭敏な感覚でものを見、確かな表現で日常のなかの真実を詠嘆した好歌集として、多くの方々のご愛読を願ってやまない。
現代歌人協会会員 仲田紘基