1744年、青森下北佐井を出帆した多賀丸は暴風に遭遇し、ロシアに漂流した。乗員の三之助はロシアの地で結婚し、その息子タタリノフ(日本名サンバチ)はロシア語・日本語対訳辞書『レクシコン』を著した。『レクシコン』は18世紀の下北方言を如実に反映し、しかもキリル文字で書いてあるので語形がよく分かる。日常的な語彙を収録しているのも特徴である。江戸時代の下北方言の資料として強力であり、ロシアにおける日本語教育の一端も示す。本書は『レクシコン』を資料として、18世紀の下北方言の語彙、破擦音化、四つ仮名の音声、母音の無声化やカ行・タ行子音の有声化、開音・合音・ウ段音の関係、拍の保存・消失などの問題を解明したうえで、音韻構造を薩隅方言と対比し、本質的な相違も指摘している。さらに『レクシコン』原文の翻字・翻訳・注釈・語句索引並びに本書の人名・書名・事項索引を付している。