いたるところに施された西鶴の仕掛けは、どのように埋め込まれているか。
西鶴を「わかる作品」として読み直すべく、その小説作法を解明し、どう読むべきか、どう読まれるべきかを問う。
そのための本書の挑戦は、一つには、創作方法としての「饒舌な沈黙」の発見、二つには、短編集の仕組みの解明、最後に、ジャンルの越境という点により行う。
短編なのに、一人の長い人生を追ったドキュメンタリーのように人物を描きだす西鶴のリアリティとはどこにあるのか。テキストのことばを読みながら、作品のいたるところにある仕掛けを掘りおこし、新しい読みの扉を次々に開いていく。
【ひたすら西鶴のことばに忠実にテキストを追っていくと、はじめは靄がかかったようなスクリーンが少しずつ鮮明になってくる。さまざまな思いをもつひとりの人間や、複雑な要因によって引き起こされたひとつの出来事が、ドラマチックに立ち現れる。西鶴は、読者をその瞬間に立ち会わせるために、さまざまな仕掛けを作品に施し、繰り返しテキストを読むように誘惑しているのではないだろうか―。】……「はじめに」より