日本人にとって、異国とは何か、合戦とは何か。
列島の中にあって、異国とは戦わずに過ごしてきたかのように言われることも多い日本人だが、
そうした把握は果たして正しいのだろうか。
日本人の〈異国〉認識とはどのようなものか?
〈異国〉との合戦はどのように意識されるのか?
「合戦」を描く物語とはどのようなものか?
〈異国〉との戦いを描く文献は、軍記物語とどう重なり、どうずれるのか?
あらためて上記の問題を問い直していく書。
2011年12月3日に、青山学院大学で行われたシンポジウムの記録である。
【……私自身は、近代の初めに作られた「文学史」の枠を越えることを一つの問題意識としていたし、また、時代別学会という日本文学研究の制度の枠をどう揺さぶるかを考えてもいたが、そのような問題意識自体、なお、従来の枠組みにとらわれたものであったかと思う。パネリストの報告は、最初から、そうした既成の枠を軽々と飛び越えて、日本人の精神の歴史という舞台上を縦横にかけめぐった。そして、コメンテーターも、小峯和明氏や井上泰至氏を初めとするフロアの方々も、充実した新鮮な議論を展開してくれた。私自身、司会をしながら、さまざまなことを教えられ、蒙を啓かれたことであった。
〈異国〉とは何か、「合戦」とは何か、私たち日本人は、それらをどのように考えてきたのか……それらの問題を、古代から近代にわたるさまざまの材料によって考える議論は、何学と呼ぶべきなのだろうか。それもやはり、「文学研究」であるだろう。日本人が考えてきたこと、感じてきたことはすべて「日本文学研究」の対象であり、今生きている私たちの思考や感性がどこに由来するのか、それを追究することはすべて「日本文学研究」であり得るということを、今、改めて感じている。……】…あとがき(佐伯真一)より