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義理の構造 日本人の心性分析 1

著:三上 命

紙版

内容紹介

 義理は「特に日本的なもの」だから、米国人である『菊と刀』の著者に理解できるはずがなかった。それでは日本人ならわかるかというと、日常的に義理を生きているにもかかわらず、誰一人満足な説明ができない。どれほどわからないかというと、或る辞書は間違っているし、『「甘え」の構造』を書いた土居健郎は、甘えと義理の区別がつかず、ごちゃまぜにしていた。それから江戸時代の儒学者である太宰春台は、日本的義理と中国的義理の違いが判らなかったので、赤穂義士を誤解し、非難を浴びせてやまなかった。
 俗に義理は「いやいやながらもするもの」と考えられている。これには「嫌」つまり「したくない」気持ちと、「する」つまりしなくてはならないという、矛盾し相反する気持ちが併存しているが、この二律背反が義理の秘密なのである。夏目漱石の思想によれば、この「嫌」と思っているのは自己本位な気持ちであり、「する」というのは他人本位に生きようとする気持ちである。つまり自己本位な気持ちが「嫌」と思っても、その気持ちをおし殺して他人本位に生きなくてはならないから、義理は「不本意ながらもするもの」になるのである。
 以上述べてきたことから世間的な意味での義理を定義すると、「自己本位に生きずに他人本位に生きること」となり、これを平たく言うと「自分を生きずに他者を生きること」となる。漱石の苦しみは、この自己本位な生き方と他人本位な生き方の葛藤にあり、我(が)が強かった漱石は、他人本位に生きること(つまり義理を生きること)が嫌でたまらず、自己本位に生きたかった。それだから名誉ある東京帝国大学の教員をやめて、市井の小説家になったのである。
 小説家になった漱石が、最初に書いたのは『虞美人草』だが、これは義理と不義理がテーマになっている。子供の頃哀れな境遇にあった小野清三は、井上孤堂に養育されて大学にまで行かせてもらったのだから、孤堂に恩があり義理がある。義理から言えば、小野さんは孤堂の娘の小夜子と結婚しなくてはならなかった。しかし小野さんは美人で金持ちの藤尾に心惹かれて結婚寸前まで行くが、土壇場で翻意して孤堂と小夜子のもとに帰った。これは義理に帰ったということである。
 これとは逆に『それから』の代助は、自分でも愛していた三千代を親友の平岡の妻に斡旋したが、これは自己本位に生きずに他人本位に生きたということだから、代助は義理を生きたわけである。それから代助は平岡から三千代を奪うが、これは自己本位に生きたということで、不義理をしたのである。そして不義理をした人は「済まない」気持ちになるが、その「済まない」気持ちを書いたのが『門』である。小説家になった漱石は『虞美人草』『三四郎』『それから』『門』と書き継いでいったが、これらは義理四部作で、起承転結という、漱石が愛した漢詩のような並びになっているのである。
 現代では、義理チョコをやめて自分チョコを買う人が増えているという。また忘年会スルーをする人が増えているとも聞く。これらの人たちは義理つまり他者を生きることを嫌っているのであり、義理はもはや絶滅寸前といえる。

目次

1  夏目漱石は生きている
2  古語辞典が間違っている
3  土居健郎も間違っている
4  太宰春台も間違っている
5  自他同一性の義理
6  自己同一性の義理
7  義理の構造
8  母性的義理と父性的義理
9  私なき事
10 『虞美人草』
11 『それから』
12 すまない
13 『門』
14 『三四郎』
15 誰よりも自分を愛す
付録

著者略歴

著:三上 命
あまえと義理の研究家。その研究から得られた義理概念をもって、メランコリー親和型性格者の性格構造を明らかにした。また夏目漱石、宮沢賢治、太宰治の作品から、日本人の心性分析をしている。

ISBN:9784990963347
出版社:満天地
判型:B6
ページ数:185ページ
定価:1800円(本体)
発行年月日:2020年05月
発売日:2020年05月27日
国際分類コード【Thema(シーマ)】 1:QDX