大正2年(1913)に建てられた盛岡市景観重要建造物の紺屋町番屋。江戸時代の町火消「よ組」の流れをくむ盛岡市消防団第五分団が平成17年(2005)まで消防屯所として使用してきたまちのシンボルである。消防機能が新たに整備された紺屋町コミュニティ消防センターに移転後、地元では保存活動が沸き起こる。
リニューアルオープンの開所式を迎えた令和4年(2022)3月21日、紺屋町番屋には建物の所有者である盛岡市、番屋の旧所有者で長年消防屯所として使用してきた盛岡市消防団第五分団、番屋の保存・活用に尽力した紺屋町町内会の関係者が多数詰めかけた。とりわけ保存・活用に奔走した町内会や消防団の方々からは、口々に喜びと感謝の言葉をかけられ、紺屋町番屋に対する地元の思い入れの深さを知った。そればかりではない。紺屋町番屋の近隣の店々には、番屋の版画やポスター、イラストなどが掲示されていて、店の場所を尋ねる問い合わせがあると「紺屋町番屋のそばです」と説明しているという。まさに、紺屋町の人々にとって番屋がまちのシンボルとして定着していることを実感したのである。
しかし、いくら調べても関係者に聞いても、紺屋町番屋の成り立ちや役割、保存活動の経過などを記録した資料は見当たらない。いま記録を残さなければ、紺屋町番屋の景観は残るものの、保存活動の苦難は時間の経過とともに人々の遠い記憶の中に埋もれてしまうのではないか。その衝動が本書を制作する原動力となった。
歴史を紐解きはじめると、紺屋町番屋を保存しようという活動の背景には、番屋がまちの歴史やそこで暮らす人々の営みと密接な関係があること、また、藩政時代から続く町火消の歴史や伝統、地域の伝統行事や祭りとの緊密なかかわりがあることなどがわかってきた。
さらに、原稿の執筆を始めた令和5年(2023)1月、盛岡はニューヨーク・タイムズ紙の「2023年に行くべき52カ所」に選ばれた。その理由は、川や山々の自然が街中の景色に美しく溶け込み、大正時代に建てられた西洋と東洋の建築美が融合した建造物や、歴史を感じさせる旅館、蛇行して流れる川などの素材にあふれる、街歩きにとても適している街ということ。本書で紹介している紺屋町かいわいは、藩政時代後期から明治・大正、昭和初期に建てられた建物が点在し、そばを流れる中津川はアユやサケがみられる清流で、河原と護岸の上には散策路が続く、まさに盛岡の美しさを体感できるスポット。紺屋町番屋もその代表的な建物の一つである。
本書からは、紺屋町番屋の保存・活用という活動を通して、世界に賞賛された盛岡の街づくりの原点を垣間見ていただけるのではないか。