プロローグ ダイエー中内㓛とダイソー矢野博丈
メーカーと小売りの価格販売競争/語り草となった競合との決戦/「一〇〇円でも高級品を売っている」/商品価値を厳しく見極める目
第一章 苛烈をきわめた中内㓛の青年時代
戦う男の生い立ち/「せめて昼飯に一円五十銭のうな重を」/軟派風硬派だった神戸三中時代/港町・神戸が育んだ海外への憧れ/俳句に執心、大森実と同人誌を編集/召集逃がれの日棉入社の効もなく/関東軍から”マレーの虎“部隊に配属/米艦隊を味方とまちがえてつかの間の泰平/山下奉文の斬り込み中止命令で命拾い/飢餓地獄の中で人生最大の哲学を体得/雨が降るとうずきつづける古傷/生き残ったのは六〇〇名のうち二十名/虱だらけの軍服と十円を手にわが家へ/優秀な息子たちを闇屋にした父の思惑/ズルチンの製造、販売で大儲け/儲けの極、札束をハカリで勘定/危機を創出する経営/『サカエ薬品』に一店員として参画/旗上げのダイエー一号店が大当たり/ヒグチと一円きざみの値下げ戦争/わずか三店舗の時代に「全国制覇」を宣言
第二章 矢野博丈の青春
父は「医は仁術」の医者/祖父は大地主、母は銀行の娘/祖父は農地改革で没落、父は貧乏医者に/父の帝王学/「すいません、すいません」/苦学の中学時代/バカにされボクシングに熱中/数人の不良を返り討ち/東京オリンピックの強化選手に/中央大学理工学部二部にやっと合格/狂うほど働き稼ぎまくる/怖い父が突然の上京/大学生時代に結婚、改名する/要領のよさで、大学を卒業/広島にある妻の実家の稼業の実態に驚く/巨額の借金で潰れかける/夜逃げの日、木賃宿での妻の一言/トラックに一切の家財道具を積んで東京へ/まったく売れない/ちり紙交換屋に転職/一気にトップの成績を/移動販売「サーキット商売」に挑戦/バカ正直で見栄っ張り商売/「矢野商店」を創業/思わず口にした「一〇〇円」/世評は「安もの買いの銭失い」
第三章 スーパーのパイオニア、ダイエーの流通革命
図に当たった食料品、生鮮食品の販売/売れに売れた牛肉で発展にはずみ/弟が折れて最大の危機・東西分割を回避/「レインボー作戦」ひっさげ東京進攻開始/”宿命のライバル“、赤羽で激突/「兄弟喧嘩して会社つぶしたらあかんぞ」/西武の本拠地・所沢進出を目論む/一坪地主で一矢報いた形の西友側だが/熾烈な”藤沢戦争“、三円バナナまで登場/してやられた琴似での敗北に怒り心頭/スーパー軽視に憤激、稲山会長にかみつく/スーパー商品と百貨店商品との差が問題/不成功に終わった髙島屋との提携/五番館との提携、残すは調印のみに/無念! 西武に”提携“さらわれる/「野球は西武、買い物はダイエー」の所沢店オープン/銀座大戦争に生き残るための条件/エンタープライズの銀座店を核に一〇〇〇億/二〇〇円ラーメンと五十円ラーメンのちがいで勝負/「中内イズムの夢を追って長距離全力疾走」
第四章 よりいい商品を大量に、一〇〇円SHOPダイソー
矢野博丈の苦労と苦難の連続/スーパーの店頭で一日一〇〇万円以上を売る/大手の一〇〇円均一業者に勝つ/東京に進出、イトーヨーカドー北千住店へ/株式会社大創産業がスタート/ダイエーの口座が獲得できた/「ダイソーは潰れる、潰れる」/常設店舗第一号はダイエーの隣/ふたりの息子と遊ぶ暇などない/東京事業所が造反、危機一髪/アルバイトから社員に/毎日トラックに乗り各地で店を出す/「一〇〇円SHOPダイソー」/四階の「わざわざ一〇〇均」が大当たり/新設大学入学と同時に休学届けの就活学生/最初の直営店は高松市/一〇〇円均一のプライド/イトーヨーカ堂伊藤雅俊名誉会長の衝撃/「夜逃げしやすい会社がいい会社」/セブン‐イレブン社長鈴木敏文の怒り/「今日の否定」のすごさ/イオン社長岡田卓也の先見力/一商品、一〇〇万個を仕入れる/中国からの仕入れも開始/日本一怒る社長/五〇〇店舗、年商三〇〇億円、専務である妻が退社/「ダイソーが潰れる」
第五章 栄光と転落、中内㓛の晩年
上場以来最大の経常利益の落ちこみ/女性による、女性のための『オ・プランタン銀座店』/石井智恵子社長の、まずはお手並拝見/王者の座を揺がす「不本意な成績」/「四兆円構想はひとつのビジョン」/「中内さんは田中角栄に匹敵する」/戦後最後の英雄はこの危機を乗り切れるか/河島博副社長による「Ⅴ革」/流通科学大学の開学と経団連副会長への抜擢/中内、リクルートの会長に/江副浩正の要請/ダイエーとは全く社風の違う会社/「金は出すが、リクルートの事業には口を出さない」/平成五年(一九九三)年頭インタビュー 秀和・忠実屋・伊勢丹問題/旺盛な好奇心と「生涯現役」がエネルギーの源泉/人材と土地が支える攻めの経営/バブル崩壊後のダイエー戦略/”フォー・ザ・カスタマーズ“が戦略の物差し/社会の変化が”夢“を紡ぐ/「うまくいって一六〇億、こけたら一四〇億」/グループの黒字化、七年目がメド/”昭和六十年以降生き残り作戦“がスタート/”銭の稼げる社員“づくりが先決/本部芸者論で大転換/資金対策で浮かび上がったデベロッパー会社づくり/広がる事業の夢に意欲満々/福岡ダイエーホークスの誕生/阪神淡路大震災の発生/執務室の壁面に「臥薪嘗胆」/代表取締役の退任/個人資産の相続税対策/”所有する経営“に殉ずる/資産管理会社の特別清算で個人資産を失う/「偉大なる企業家」の死去/中内㓛との別れ「ワシは、エコノミークラスなんや」
第六章 怒涛の海外展開と社長の交代
請われて台湾へ進出/邱永漢と合弁で出店/大創台北南西店は三〇〇円ショップ/NHKの特集番組の衝撃/目がクッと変わるとき/シンガポールに進出、「二ドルショップ」で大成功/カナダ店は二カナダドルで成功/ドバイは二〇〇円ショップで大成功/ニュージーランドで異例の出店、大成功/東京でライバル店との競争に/代理店方式も展開/中国進出の教訓/アメリカは一・五ドル商品で進出/「どのような国でもうちの商品を受け入れられる」/十倍働いて、十倍売る/「われながら、これがよく一〇〇円で売れるなあと驚く」/尽きることがない驚きのアイデア商品/九八〇円したものを一〇〇円で売る/長期的経営計画をつくらない/いつも「矢野節」を連発/人間は「素頭」「眼力」「運」/実の息子が入社、新しい風が/十六年間スーパーイズミで働いて/新たなるダイソー/次男靖二と社長をバトンタッチ/矢野博丈との別れ「ワシなど、不幸の連続だったから、いまがある」
あとがき
関連年譜