1980年代以降、アフリカの都市は高度な都市化を経験し、公共交通機関の必要性がかつてないほど大きくなってきた。そのような状況は、政府が提供する公共交通機関の不足と、それを補って個人が営業する小型バスやミニバスによるパラトランジット(準公共交通機関)の台頭をもたらした。現在パラトランジットは、アフリカの都市全体で約70〜90%の移動手段を提供し、都市交通部門において非常に重要な役割を担っている。その一方で、従事する労働者は「インフォーマル」と解釈されており、規則に違反したり無秩序に運行する者と、そうでない者とが混在している。アフリカのパラトランジットは、「インフォーマル」な存在として捉えられことが常態となっている。
エチオピアの首都アディスアベバでは、ミニバスが主要な交通手段として利用されてきた。ミニバスの運行には、ターミナル(乗降場所)でミニバスや乗客の流れをコントロールするテラ・アスケバリと呼ばれる人びとの存在が欠かせない。テラ・アスケバリは当初、インフォーマルな仕事として始められたが、2011年に中小企業開発庁が介入し、ほとんどのグループが法的な地位を与えられた。制度上はフォーマルな部門に移行したにもかかわらず、テラ・アスケバリをはじめとするミニバスに関わる労働者の雇用や運行形態などにはインフォーマルな側面が依然として強く残っていた。そのため、テラ・アスケバリの活動は、学術的にも社会的にも否定的に捉えられ、社会における彼らの役割や貢献は明らかにされてこなかった。
本書の目的は、フォーマルとインフォーマルが共存するような社会におけるテラ・アスケバリの役割と貢献を、彼らの生業活動と生活実践の民族誌的観察と記述を通じて解明することである。アディスアベバの都市交通において重要な役割を果たすテラ・アスケバリは、時には強かな振る舞いを見せる。その実態は以下の3つの問いから描き出される。まず、テラ・アスケバリとはどのような人びとで、どのようにして都市交通部門における重要な存在になったのか。第二に、彼らの役割は何であり、政府の政策の影響下でどのように事業を遂行してきたのか。3つ目は、彼らが直面する課題と、それにどのように対処してきたのか、である。
本書の主張は以下の3点にまとめられる。まず、ターミナルで雇用され働くテラ・アスケバリに代表されるアフリカの交通労働者が、不安定な都市の労働市場に対処するための高い適応性と実行力を備えていること。テラ・アスケバリは、時には違法行為をおこなう強かな面を持ちながらも、ターミナルの治安を形成している主要なエージェントであること。そして、彼らがフォーマルとインフォーマルの両方の性質を兼ね持つ複合的な特徴を利用して生活戦略を描くバレムヤ(強かな戦略家)であること、である。