はじめに
第一章 桑原武夫と時代 ―「第二芸術」まで
第二章 戦前の桑原武夫の文章から ― スタイルとスティル
一「虚子の散文」
二 高浜虚子『新俳文』序文から
三 高浜虚子「S」、「其の男」、他
四「山岳紀行文について」(一九三四年八月)
五「ラシーヌへの道」
六「芸術家の実生活と作品」
第三章 アラン『諸芸術の体系』の訳者、桑原武夫
一 アランについて
二 アラン『諸芸術の体系』の訳者桑原武夫
三 戦場で書かれた『諸芸術の体系』
四 『諸芸術の体系』の構成
五 『諸芸術の体系』の目的
六 『諸芸術の体系』第一巻、創造的想像力について
七 『諸芸術の体系』第三巻、詩と雄弁について
八 『諸芸術の体系』第十巻、散文について
九 アランの「スティル」(style)について
十 桑原武夫「第二芸術」とアラン
第四章 デューイ『経験としての芸術』と桑原武夫
一 デューイについて
二 デューイとプラグマティズム
三 デューイと日本と中国
四 デューイの「経験」
五 デューイ『経験としての芸術』の「経験」
六 桑原武夫「第二芸術」の「経験」と「芸術」
第五章 桑原武夫とI・A・リチャーズ
一 「第二芸術」論とリチャーズ
二 リチャーズ登場まで
三 リチャーズについて
四 『実践批評』について
五 リチャーズと「経験」
第六章 桑原武夫「文学修業」と「日本現代小説の弱点」(一九四六年二月)
一「文学修業」(一九四六年二月)
二 桑原武夫「日本現代小説の弱点」(一九四六年二月)
第七章 「俳人」桑原武夫と芭蕉
一 「第二芸術」(一九四六年)の中の芭蕉
二 桑原武夫「芭蕉について」(一九四七年)
三 「日本文化の世界的見直し」という観点
第八章 鶴見俊輔と桑原武夫
一 鶴見俊輔の祖父後藤新平と父鶴見祐輔
二 鶴見俊輔(一九二二~二〇一五)について
三 桑原武夫と鶴見俊輔の出会い
四 鶴見俊輔の二つの文章
五 オグデンとリチャーズ、鶴見俊輔、桑原武夫
六 鶴見俊輔から見た桑原武夫像
七 「十五年戦争」という呼称
八 鶴見俊輔の二つの文章と「第二芸術」と時代
第九章 「三好達治君への手紙」(一九四六年十一月)
一 三好達治と桑原武夫の出会いまで
二 「三好達治君への手紙」までの桑原と三好
三 三好達治の詩
四 桑原武夫「三好達治君への手紙」
第十章 桑原武夫「第二芸術」(一九四六年十一月)と時代
一 雑誌『世界』(岩波書店)創刊まで
二 桑原武夫「趣味判断」(『世界』創刊号)
三 創刊当時の『世界』
四 津田左右吉論文と丸山真男論文
五 占領下の検閲
六 「アメリカ教育使節団報告書」から六三制発足まで
七 桑原武夫と小宮豊隆
終章 澄み透った青空の下の「第二芸術」
一 父桑原隲蔵と「第二芸術」
二 高濱虚子と「第二芸術」
三 アランと「第二芸術」
四 デューイと「第二芸術」
五 リチャーズと「第二芸術」
六 鶴見俊輔と「第二芸術」
七 三好達治と「第二芸術」
八 松尾芭蕉と「第二芸術」
九 澄み透った青空の下の「第二芸術」
6人の対照年譜
あとがき