ヨーロッパは、1970年代の後半から、「栄光の30年」の終焉と「経済不振の時代」の幕開けを迎えた。その意味で、1970年代は経済の分水嶺であると言われている。ドイツも1970年代後半から経済の不振・低迷期が始まり、企業が危機的な状況に見舞われることが多くなっている。そして、企業倒産などの企業危機を象徴する事態が多発し、有名企業の破綻が相次いでいることは周知の事実である。それゆえ、企業としては、かかる事態に対処することを余儀なくされたのである。このような事情に規定されて、危機マネジメントが焦眉の問題となった。他方では、このような状況に対応することができず機能不全に陥っていた法的および制度的環境の整備が行われ、この結果、新しい倒産法が制定されたのである。この法律はアメリカの連邦倒産法の影響を強く受け、倒産はしたが存続するためのポテンシャルをなお有する企業の再生をも視野に入れたものである。企業危機の克服=企業再生ということが強く志向されている。それゆえ、企業危機克服や企業再生のためのマネジメントが重大な関心事となったのである。
このような実践における要請に応える形で、多くの危機マネジメントに関する研究が発表されるようになった。それらの研究においては、企業危機の一般的な定義、企業危機の症状、企業危機の原因、企業危機の回避・克服のための諸方策などが取り上げられている。最近ではようやく本格的な研究が表れ始めているのであるが、危機マネジメント論は未だ啓蒙の域を出ていないといわざるを得ない。また、少なからぬ研究が実務家によって為されているということもあって、確固とした理論的な基礎の上に構築された危機マネジメント論はそれほど多くはないというのが実情である。固定費理論に基づく危機マネジメント論すなわち固定費志向的危機マネジメント論の形成を企図した所以である。
「学」の形成のためには「学史」の研究が不可欠である。したがって、本書においては、学史的研究を基礎とする危機マネジメント論の構築を試みる。ただし、新たな方法論が展開されているわけではなくて、先輩たちが遺された財産を大いに利用している。
第1部においては、問題意識および研究方法が明確にされた後に、考察の拠点としての固定費問題が確認される。さらに、危機マネジメント論の生成の背景が明らかにされる。第2部においては、危機マネジメントが本来的にいかなる問題であるかということが確かめられる。また、早くから、固定費問題の解明や危機マネジメントの体系的な論述のための努力が行われていたことが明らかにされる。第3部においては、第1部および第2部で得られたことを基礎として、一般理論としての体系的な危機マネジメント論の構築が試みられている。なお、補論においては、危機マネジメントの実態、危機マネジメントを実行する際の重要な制約となる補償計画の問題が取り上げられている。