はじめに 学校と教師がかかえる悪循環
第1章 生徒に振り回される教師たち――最優先は子どもの命
誰も反対できない正論=「命を守る」
事件のたびに自殺の心配
臨海学校も「危ない」から中止
ただ生きているだけの命は尊いのか
「死にたい気持ち」への過剰反応
子どもの「参加しない自由」
まずは「先生が謝ってください」
生徒に値踏みされる教師たち
「自分なりの思い」しか見えない
福祉・医療・保健まで学校の仕事
「生徒という枠」を決めて教育すべ
学校の「あたりまえ」を超えた過剰な対応
トイレでの自傷行為にどう対処するか
言われたことすらできない子どもたち
学力下層校から逃げ出す教師たち
補習教育なしに社会的自立ができない
第2章 外の世界が押し寄せる――カルチャースクール化する学校
大切なのは「無理せず自分らしく」
「子どもが壊れてしまう」
「今の自分」にとどまる子どもたち
学校に「通常の社会」が入ってきた
時代の流れには逆らえない
信じることを育てる場
学校教育の三つの役割
学校行事に取り組むクラス担任の苦労
クラスは一時的に使用しているだけ
広がっていく無関心と無秩序
子どもを市民にしていく教育
公共の意識を根づかせる
「社会化」と「社会化への抵抗」
みんな仲よく誰もきらわず
保護ではなく自立を促す
子ども自身が決める自分の未来
マニュアル通りの進路指導
わかりきったことの限界
「知識の森」に連れ出す
多数派でいれば安心?
子どもの稚拙さもときに効果的
第3章 教育はいまや商品・サービス――強制される部活動顧問
教育は「贈る」という営み
こんなハンドボール部にしたい!
部活動を支える教師の自発性
誰でも共存できる部活動
素人顧問では通用しない
部活動顧問はほぼ強制
消えていく市民社会的な要素
教育サービスと「贈る」のちがい
「自発性の強制」という矛盾
顧問はあくまでボランティア
第4章 知識なき管理職――尊重されない専門家
教育行政が推進するアクティブ・ラーニング
素人管理職のトップダウン
四〇代、五〇代はダメ教師?
職務上の上司と教育上の上司はちがう
問題だらけのアクティブ・ラーニング
活動あって学びなし
中身をわからずに授業評価が可能?
頭の中だけで理想化
脇役も裏方もいない演劇
逃げ場のない授業スタイル
適応型人間を量産するだけ
ほんとうの賢さとは?
基礎・基本は古い考え?
教養とは幅広く深くわかりやすいもの
アクティブ・ラーニングのほんとうの意味
第5章 教師は「都合のよいドラえもん」――自由も自主もない現場
際限なく要求される教育サービス
「悪いのは教師です」が教育行政の弁
許されなくなった自主研修
教師を階層化・序列化した弊害
在宅勤務で自主研修を拡充
学校の中でムーブメントを起こす
冷房もない現場の準備室
議論も採決もなく報告ばかりの職員会議
現場にボトムアップの力を!
休憩もとれず病気になる教師たち
煩雑なセキュリティ作業の非効率
教育のサービスマンでいいのか
求められる個性的な「デモシカ教師」
T先生独自のスタイル
土台はみんなでつくればいい
第6章 教育行政が現場を支配――はびこっていく官僚主義
効果についてチェックなしの教育行政
まるで全体主義国家のように横暴な教育行政
行政処分で教師を管理
プライベートな旅行にも届け出が必要
コロナ禍の勤務体制も民間の後追い
理不尽なクレーマーにも対処なし
学級だよりも公文書扱い
文学的価値を無視した入試問題
行政にしか目を向けない学校管理職
行政の重要施策をなによりも優先
現場の教師たちの「内なる官僚制」
「功利主義的な自由」に慣れてしまった教師たち
必要なのは教師自身が闘うこと
教師たちで施策を共同評価
官僚制と正反対のことをやってみる
ふつうの学校・ふつうの営みの大切さ
まとめ
あとがき/文庫版あとがき/参考文献