戦後オーストリアにおける犠牲者ナショナリズム
戦争とナチズムの記憶をめぐって
著:水野 博子
内容紹介
第一次世界大戦の敗戦で帝国が解体し、第二次世界大戦ではナチ・ドイツに併合されるという歴史を歩んできたオーストリア。20世紀という国民国家の時代にあってこの国は国民をどう定義し、国民のための国家をどのようにつくりだそうとしたのか。本書は、第二次世界大戦後のオーストリアにおいて国民国家が形成されてきた歴史的プロセスを現実政治と表象世界の両方から実証的にたどる。
目次
はじめに
序 章 オーストリア国民をめぐる二つの問題系
――「八」のつく年をめぐって
1 ドイツ国民か、オーストリア国民か
2 オーストリア・ファシズムからナチズムへ
3 過去との付き合い方を問う視角
4 犠牲者国民のスペクトラムと本書の構成
第Ⅰ部 犠牲者国民という射程
第1章 第二共和国の誕生と「犠牲者テーゼ」
――「オーストリア国民」意識の勝利
1 「オーストリアの主権に関する宣言」と「モスクワ宣言」
2 レンナー政府による国家再建の試み
3 国家統一への道
4 1955年以後の展開
第2章 「ファシズムの犠牲者」を創出する
――抵抗運動の犠牲者
1 顕彰制度にみる「犠牲者性」
2 犠牲者を「扶助」すること
3 権利の獲得に向かって
4 政治的被迫害者同盟の全国組織化
第3章 「ファシズムの犠牲者」を周縁化する
――人種・信仰・国民的帰属による迫害の犠牲者
1 人種・信仰・国民的帰属が理由で迫害された人びとへの補償
2 新犠牲者扶助法の制定にみる格差の論理
3 犠牲者イメージのヴァリアント
4 犠牲者の統合を求めて
5 「加害者性」と「犠牲者性」の共存
第4章 「戦争犠牲者」をめぐる国民福祉の論理
――「神話」と「実体」の間
1 「戦争犠牲者」とは誰か
2 戦争犠牲者援護法にみる国民福祉の領域
3 犠牲者国民を創り出す
4 競合する「犠牲者」たち
第Ⅱ部 犠牲者ナショナリズムの陥穽
第5章 元ナチの再統合と「犠牲者国民」の形成
――抑圧される記憶
1 ナチズムの遺産
2 フィーグル政権による「脱ナチ化」政策
3 免罪される青年世代
4 交錯する恩赦=忘却のディスコース
第6章 占領軍当局による戦犯追及
――英、米、仏の実践
1 四連合国占領下オーストリアにおける戦争犯罪者訴追
2 米軍当局の訴追方針
3 仏軍当局による戦犯訴追の実態
4 英軍当局の戦犯訴追システム
第7章 オーストリア人民裁判による戦犯追及と国民の境界
――内発的冷戦の構図から
1 戦争犯罪の射程
2 オーストリア人民裁判の制度と実践
3 ナチ・戦争犯罪と国民的正義
4 国家反逆罪をめぐる人民裁判
5 新たな「国家反逆者」像の構築と冷戦
第Ⅲ部 犠牲者国民の記憶空間
第8章 反ファシズム闘争をめぐる想起の文化
――マウトハウゼンを例に
1 抵抗運動の記憶?
2 記念施設化されるマウトハウゼン
3 記念される過去
4 反ファシズムの記憶の周縁化
第9章 戦没者の記憶を継承する
――オーストリア黒十字協会の活動を例に
1 戦没者をめぐる記憶のポリティクス
2 想起の文化の担い手「黒十字」
3 戦間期黒十字の思想と活動
4 1945年以後の黒十字と戦没者
5 「戦争犠牲者」イメージの再構築
6 「戦争犠牲者」観の変容
第10章 戦没者記念碑
――戦争をめぐる記憶の相克
1 戦間期における戦没者記念碑の建設
2 国家による英雄顕彰
3 「われわれの犠牲者」を想起する
4 愛国的な兵士像
終 章 終わりなき犠牲者ナショナリズム
―― 第三の問題系に向けて
補 論 ブルゲンラント・ロマ迫害の二重構造
――近代=国民の境界をまたぐ人びと
1 ブルゲンラント・ロマ――国民的ディスコースの再検討
2 オーストリアにおけるロマの人びと
3 ブルゲンラント・ロマの歴史
4 「オーストリア国民」国家の中のロマ
5 再生産される「異者」
おわりに
初出一覧
参考文献一覧
人名・事項索引