「恥の多い生涯を送ってきました」(『人間失格』)、「富士には月見草がよく似合う」(『富嶽百景』)の名フレーズで知られる両作品は、太宰晩年のすべてを注ぎ込んだ傑作VS安定した時代の名文が味わえる傑作、という好対称を成している。▼自殺する1ヶ月前に完成した『人間失格』は太宰治の半生を綴った遺書といえる作品。自分以外の人間すべてを極度に恐れ、自殺未遂を繰り返し、薬物中毒となった彼の果てとは……。▼一方、太宰治の人生において充実した時期に書かれた『富嶽百景』は井伏鱒二と共に富士、御坂峠に滞在していた頃の作品。▼当時、井伏氏の紹介で見合いをし、翌年、結婚している。そんな幸福な時期の彼の爽やかな心情が、富士の情緒と共に随所に散りばめられている。▼この対照的な明暗二作品を、大きな字、豊富なふりがなと註記でじっくり味わえる。解説:太田治子、鑑賞:童門冬二、特別インタビュー:綿矢りさ、PHP文庫オリジナル編集。