【改訂第4版の序】
わが国は現在,少子高齢化,人口減少を背景に,地域医療構想の実現,地域包括ケアが推進されている.人々にとって,医療の場が地域・在宅にシフトすることは,住み慣れた場所で生活しながら医療を受けられるという点で,好ましい変化である.しかし,それにより入院治療を受ける人の在院日数はますます短くなり,入院患者の重症化,複雑化が進んでいる.
対象の症状の原因・誘因に関する情報を収集し,どのようなメカニズムでその症状を発生,悪化させているのか,さらにその症状がその人の日常生活,社会・精神生活にどのような影響を及ぼしているのか,その症状の持続・悪化がどのような成り行きを生じさせる危険があるのかなどについて分析することは,看護をはじめて学ぶ人や新人の看護者にとっては,非常にむずかしい課題である.
看護基礎教育においては,保健師助産師看護師学校養成所指定規則が改正され,2022年4月から新しいカリキュラムが開始された.改正された重点の1つとして,臨床判断能力に必要な基礎的能力を養うことが求められている.臨床判断能力については,さまざまな定義がされているところではあるが,編者は知識や経験の少ない学生や新人の看護者にとっては,その症状を有している対象の情報を収集,整理し,解釈し,分析していくことの積み重ねが,臨床判断能力の基礎に繋がっていくと考えている.
本書は,看護学生から臨床の看護者の方々に広く活用いただけるよう,看護の視点として身体的症状(からだ)のみならず,心理的症状(こころ)についてもとりあげた症状別看護過程の書である.2002年に刊行して以来,長年にわたり多くの皆様に活用頂いている.今回,新たな知見,看護診断にアップデートし,各症状に共通するアセスメントの視点,ケアの方針を追加した.『根拠がわかる』という基本的趣旨を踏まえ,看護計画を表形式にして,根拠や留意点をより見やすくした.くわしくは「本書の特徴と使い方」を参照してほしい.
なお,本書初版は,当時の東京厚生年金看護専門学校(現在のJCHO東京新宿メディカルセンター附属看護専門学校)の教員でまとめたものである.執筆者の立場も変化している.第3版までの編者であった関口恵子先生の意志を引き継ぎ,初版の執筆者に新しい執筆者が加わり,看護基礎教育に携わった経験をもつ者たちで改訂第4版として刊行することができた.改訂に際しては,読者の皆さまからのご意見も大いに役立った.第4版においても,ぜひとも忌憚のないご意見を頂き,本書が一層充実したものとなるよう期待している.
最後に,改訂第4版出版に際しては,着手は5年前に遡る.南江堂看護編集部の梶村氏をはじめ編集部,制作部の多くの皆様にご支援を頂き心より御礼申し上げる.
2023年9月
百瀬千尋・井澤晴美
【初版の序】
人口の高齢化や変革する医療のなかで,看護者にはますます優れた臨床実践能力が要求されている.なでも,看護者の臨床判断は非常に重要となる.しかしながら,患者の示す反応や症状は複雑でさまざまな要因が関連しており,知識も,臨床から得られる経験も少ない学生や新人の看護者は判断に苦しむことが多い.
筆者は長年,基礎看護教育のなかで学生にかかわり,個別的な看護を科学的に行うためには,さまざまな知識をどのように統合・活用していくのか,学生とともに考えてきた.
そこで今回,臨床で多く遭遇する心理・社会的症状を含む56 症状をとりあげ,基礎的知識をどのように統合・活用していくのか,モデルとして示した.章立ては系統別ではなく看護の視点からみた人間の反応として,呼吸,循環,栄養・代謝,排泄,活動・休息,知覚,理解,伝達,感情の9 つの章を設定し,症状は以下の視点よりとりあげた.
①看護者として臨床でよく経験し,学生も実習で遭遇する,②患者の自覚的な訴えを中心とする,③身体症状のみでなく,看護に必要な心理・社会的症状もとりあげる,④客観的データだけでなく,できるだけ看護者自身の視覚,聴覚,嗅覚などで把握できる,⑤できるだけ根拠を明確にできるもの.
症状に対する看護を行うための「根拠」として必要な基礎的知識と看護過程の展開を示したが,看護過程の展開は65 の事例状況を設定して具体的な記述に努め,アセスメントの関連図も掲載して,より実践に役立つようにまとめた.
心理・社会的な症状について書き著すことは,非常に困難であった.基礎的知識にしてもさまざまな考え方,明確でないものも多くあり,いきづまりを感じたことも何度かあった.しかし,根拠が明確にされていなくとも,看護者は臨床の現場で日々対応している.看護者として自分は何を考えて患者に対応していたのか,臨地実習で学生に何を伝えていたのか,経験から得られた知識を書き著そうと苦慮し,何とかここまでこぎつけた次第である.
また今回の執筆は長期間に及んだため,その間看護,医療の状況も変化し,最初に書き著した内容を加筆・修正した部分もある.皆様の忌憚のないご意見をいただき,今後さらに充実したものにしたいと考えている.本書を看護実践・教育に広く活用していただくことを期待している.
最後に本書の出版に際しご支援いただいた南江堂出版部の方々に,心より御礼申し上げる.
2002年3月
関口恵子
【目次】
序章 看護からみた症状とは
看護からみた症状とは
第1章 呼 吸
共通する基礎知識
正常な呼吸のメカニズム
1 咳嗽・喀痰
2 呼吸困難
3 喀 血
4 胸 水
第2章 循 環
共通する基礎知識
正常な循環のメカニズム
1 血圧異常
2 動 悸
3 貧 血
4 出血傾向
5 吐血・下血
6 ショック
7 けいれん
8 浮 腫
9 腹 水
10 脱 水
第3章 栄養・代謝
共通する基礎知識
正常な消化のメカニズム
正常な代謝のメカニズム
血糖調節のメカニズム
1 食欲不振
2 嚥下困難
3 悪心・嘔吐
4 肥満・やせ
その1:肥満
その2:やせ
5 血糖異常
その1:高血糖
その2:低血糖
6 発 熱
7 発 汗
8 褥瘡・びらん
9 黄 疸
第4章 排 泄
共通する基礎知識
正常な排尿のメカニズム
正常な排便のメカニズム
1 頻尿・尿閉・残尿感
2 尿失禁
3 血 尿
4 多尿・乏尿
5 便 秘
6 下 痢
7 便失禁
第5章 活動・休息
共通する基礎知識
睡眠・運動のメカニズム
1 倦怠感
2 運動障害
3 振 戦
4 不 眠
第6章 知 覚
共通する基礎知識
正常な知覚のメカニズム
1 視覚障害
2 聴覚障害(難聴)
3 しびれ・知覚障害
4 めまい
5 瘙痒感
6 疼 痛
第7章 理 解
共通する基礎知識
正常な認知のメカニズム
1 意識障害
2 見当識障害(記憶障害,知能障害,妄想,感情の障害)
3 幻覚・妄想
4 せん妄
5 コンプライアンスの低下
6 高次脳機能障害
第8章 伝 達
共通する基礎知識
正常な伝達のメカニズム
1 言語障害
2 失 声
第9章 感 情
共通する基礎知識
正常な感情
主な心理過程の理論
1 抑うつ状態
2 依 存
3 不 安
4 恐 怖
5 悲 嘆
6 拒否・攻撃的行動
7 ボディイメージの混乱