【書評】
「非結核性抗酸菌症診療の実践と探究を両立した一冊」
このたび本書が2025年4月に発刊されました.わが国における抗酸菌感染症領域のオピニオンリーダーである結核予防会複十字病院森本耕三先生,国立病院機構東名古屋病院中川 拓先生が編集,結核予防会複十字病院倉島篤行先生,国立病院機構東名古屋病院小川賢二先生が監修され,多くの国内の診療経験豊富なメンバーが執筆されています.内容は急増する非結核性抗酸菌症診療において,診療に関わる医療者が知りたい項目が網羅,充実しており,まさにup—to—dateな内容となっています.
日本結核・非結核性抗酸菌症学会,日本呼吸器学会から「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解(2023年改訂)」が学会誌上に発出され,日常診療ではこの見解に沿って診療が行われています.非結核性抗酸菌症は,罹患数,死亡数ともに増加し,2014年に本邦では結核の罹患率を超えたことが報告されています.非結核性抗酸菌症は,呼吸器のコモンディジーズとして日常診療において診断,治療に取り組む必要が生じています.
本書は,多様な臨床シーンに対応できる実践的な解説と,基礎研究的な視点を併せもつ,非常に充実した一冊です.総論から検査・診断,治療,併存疾患,まれな症例,患者の不安に対するQ & Aまで,項目ごとに網羅的に解説されており,日々の診療において迷うことが多い非結核性抗酸菌症の診療において頼れる指南書となっています.
とくに,各章の間に挿入されるコラムの「Tea Break」は,基礎研究や最新の話題に触れ,医療者の研究意欲を刺激します.これらの内容は,疾患解明や新たな治療法の開発に向けた展望を広げ,若手医師や研究者にも魅力的にうつるでしょう.
多様な菌種の同定や治療選択の難しさ,治療開始のタイミング,多剤併用療法の具体的な薬剤選択に迷ったときには,ぜひ手元に置きたい書籍です.実臨床の疑問に対して科学的根拠をもとに解説されており,実務に役立つ知識が満載です.
研究者と臨床医の双方の視点から書かれた本書は,非結核性抗酸菌症の多面的な理解と深い診療のヒントを提供します.新しい研究動向にも触れており,今後の学術・臨床発展に寄与する一冊としてお勧めします.
臨床雑誌内科136巻4号(2025年10月号)より転載
評者●礒部 威(日本結核・非結核性抗酸菌症学会 理事長/島根大学医学部内科学講座呼吸器・臨床腫瘍学 教授)
【序文】
倉島篤行先生は,肺MAC症を「猫のようだ」と表現されました.その臨床像はまさにこの比喩に合致します.肺MAC症の治療に関しては,Wallace やGriffithらがマクロライドをキードラッグとした多剤併用療法を示し,本邦では田中らや小橋らによる前向き試験の成果が大きく貢献しました.そして,MAC症に対する初の新規薬剤であるALISが開発され,現在にいたっています.
しかし,感受性結核の標準6ヵ月治療に匹敵する治療法の確立には,いまだ課題が残されています.この問いに対し,病態の解明を含め,産官学が一体となって取り組むことが求められています.MAC症をはじめ,肺非結核性抗酸菌(NTM)症のブレークスルーには,宿主・環境・菌の各要因を多角的に解析することが不可欠です.
本書には,本邦における最前線の研究者が執筆を担当し,そのタイトルにふさわしく,最新の知見を興味深く記述しています.初版から10年以上が経過しましたが,この間の進歩の大きさを改めて実感できる内容となっています.執筆いただいた先生方に,この場を借りて心より感謝申し上げます.本疾患に興味を持たれている若い先生方には,ぜひ本書を手に取っていただきたいと思います.身近に執筆者がいれば,疑問に対する貴重なアドバイスを得られるかもしれません.本書が,本疾患に関 心を持つすべての方にとって有益なものとなることを願っています.
コロラド大学の門には,“If I have seen further, it is by standing on the shoulders of giants.”という有名な言葉が刻まれた石碑があります.また,結核研究所の図書館の入り口には,David Moore教授の言葉,“As so often happens in the field of tuberculosis, the old literature reveals important opportunities to relearn the lessons our predecessors so clearly described.”が記されています.
私が複十字病院研究所に来て最初に調べたのは,「結核空洞病巣内の菌数に関する原著論文はどれか?」でした.孫引きを繰り返し,ついにたどり着いたときの喜びは今でも忘れられません.そのコピーは今も机に大切に保管しています(なお,様々な手法があるため,ひとつに限定できるものではないかもしれません).邦文の重要な論文としては,束村道雄先生,下出久雄先生らの研究が『結核』誌や『日本胸部臨床』誌などに多く掲載されています.ちなみに,下出先生は倉島先生の上司であり, M. shimoideiの命名者でもあります.これらの論文を改めて読み直すことで,新たな発見があるかもしれません.先人の業績に感謝しつつ,いっしょに学んでいきましょう.
倉島先生は,講演の最後のスライドに常に猫の写真とともに肺MAC症に関する疑問を提示されていました.私はこの場を借りて,現在の目標を記したいと思います(私一人のものではなく,また,網羅するものではありませんが,著者の先生方にも共通する目標であると考えます).
1.NTMの疫学状況をサーベイランスシステムの構築により明らかにする.
2.感染源を特定し,その介入方法を見出すことで,感染者(罹患率)を低下させる.
3.感染しやすい体質(宿主因子)を明らかにし,予防医療を確立する.
4.各薬剤の耐性機構を解明し,標準治療をより効果的なものにする.
5.標準的な管理(多職種連携を含む)を広く普及させる.
6.治療開始のタイミングや期間の個別化医療を確立する.
7.肺NTM症の管理をバイオマーカーにより標準化(簡略化)する.
8.マクロライド耐性菌(特にMAC,M. abscessus species)に対する新規治療法の開発に貢献する.
9.NTM症を世界規模で捉え,なぜ増加しているのかを解明する.
10.一般細菌や真菌を含む複雑な多菌種感染症例のマネジメントを改善する.
本書の著者または読者の誰かがこれらの課題のいずれかを達成し,よりよいNTM診療へとつながるならば,これ以上嬉しいことはありません.
2025年3月
森本 耕三
【目次】
Ⅰ章 非結核性抗酸菌症総論
1.非結核性抗酸菌(NTM)とは?─ NTM の世界は広い,その進化と分類─
2.NTM症と環境─どこから感染する? どう説明する?─
Tea Break 環境研究の最新動向─アメーバとNTM の共生関係は再感染の危険因子?─
Tea Break 大気研究の最前線─立山はバイオエアロゾルの冷凍庫?─
3.NTM症の宿主因子─最新の知見から─
Tea Break 好中球とNTM─好中球はどんなふうにかかわっているの?─
Tea Break 国際共同研究で紐解く宿主疾患感受性遺伝子─世界の研究者とともに解明を目指す─
Tea Break 性ホルモンとの関係─結局どこまでわかっている?─
4.NTM症の日本と世界の疫学的動向─どんな方法で何がわかった?─
Tea Break アジアのNTM─沖縄のNTM 研究─
Tea Break Towards zero leprosy─ハンセン病患者ゼロのビジョン─
Tea Break BCG ワクチンとNTM─疫学的にどのような影響を受けている?─
Tea Break NTM とオートファジー─機能している? 機能させる?─
特別寄稿「抗菌薬の先端研究」 隣接分野:結核病学における驚くべき独創的な進歩
Ⅱ章 非結核性抗酸菌症の検査・診断
1.日常診療における菌検査と同定法─喀痰サンプルの理解と検査フロー,痰の性状と検査結果の相関は?─
Tea Break 菌同定の最新研究─ベッドサイドで全ゲノムシーケンス─
2.感受性検査と遺伝子耐性─専門家として知っておきたい知識─
Tea Break 喀痰の遺伝子検査など新展開─培養に代わるのか? 他のバイオマーカーは?─
3.MAC症の病理─何が特徴なのか?─
4.NTM症の診断基準─学会診断指針─2024 年改訂─
Tea Break NTM の皮内反応試験─今みてもすごい研究です─
Ⅲ章 非結核性抗酸菌症の治療
1.日本結核・非結核性抗酸菌症学会「化学療法に関する見解」について─ NTM 診療にかかわる人は必読です─
2.治療・管理の基本アプローチ─開始時期と治療評価の基本的な考え方を知ろう─
3.肺MAC症の薬物治療─選択肢が増えたけど難しくはない─
Tea Break PK/PD 研究の動向─どんな研究が進んでいる?─
4.アリケイス導入とフォローのコツ─どんな準備と説明が重要? 実臨床における最新の情報は?─
Tea Break NTM のゲノム研究─抗酸菌の組換えと性─
Tea Break M. avium の遺伝子研究─何が感染力を高めているのか?─
Tea Break M. intracellulare 研究の最前線─何がわかってきたか? M. avium と何が違うの?─
5.難しい肺M. abscessus species症の薬物治療─何がベターか?─
Tea Break M. abscessus症治療レジメン使用可能にいたるまでの,日本結核・非結核性抗酸菌症学会の貢献─こんなに臨床現場で使えるようになった!─
Tea Break M. abscessus の遺伝子研究─世界流行株とは? M. abscessusって何なんだ?─
Tea Break M. abscessus 研究の最新動向─新薬開発,レジメンの動向は?─
6.肺M. kansasii の薬物治療─頻度は低いけど確実に治したい─
Tea Break マウスモデルの研究─どんなモデルがあって,使われている?─
7.NTM症治療薬における副作用─エビデンスと対策─
8.呼吸リハビリテーション─入院・外来での指導は?─
Tea Break QOL 研究─臨床医が知っておきたいQOL 指標とNTM─
9.外科治療─こんな手術もできる! 紹介のタイミングは?─
10.外科治療の実際─部分切除から拡大切除まで─
Ⅳ章 併存疾患と肺外症状
1.間質性肺炎とNTM症─診断も管理も難しいけど…─
2.喘息とNTM症─吸入ステロイドはリスク? 合併したらどう治療する?─
3.COPD とNTM症─増えている? どんな対応が必要?─
4.肺癌とNTM症─合併率は高い? がん治療が必要な患者への治療アプローチ─
Tea Break 免疫チェックポイント阻害薬と抗酸菌─結局,免疫チェックポイント阻害薬は抗酸菌症によいの? 悪いの?─
5.PPFE 様病変とNTM症─肺尖部の病変は何? 何に気をつければよい?─
6.関節リウマチとNTM症─どんな知識と心構えが必要か?─
7.播種性NTM症─見逃さず,しっかり管理するために─
8.肺外NTM症─治療の基本アプローチは?─
9.肺NTM症と気管支拡張症─気管支拡張症としての管理を忘れずに─
Tea Break 線毛機能不全症候群の最新情報─どこまで発展している? 日本の状況は?─
Tea Break 気道上皮の最新研究─気管支拡張症からの視点で研究する─
10.肺NTM症とアスペルギルス症─見逃さずにしっかり治療するには? またどうやって治療する?─
Tea Break アスペルギルス症の最新研究─菌種,新しい展開が欲しい!─
11.肺NTM症と喀血治療─なぜ喀血する? 血管はどうなっているの?─
12.気胸,膿胸の治療─どうやって治療すればよい?─
13.呼吸不全への対応と心理的アプローチ─症状緩和を考えよう─
Tea break 肺MAC症とリンパ球,サイトカイン研究─ IFN-γ,IL-12,TNF-αの役割─
Ⅴ章 まれな非結核性抗酸菌症の臨床
1.まれなNTM症の治療の考え方─診断は正しい? 治療レジメンの選択は?─
2.M. arupense
3.M. chelonae
4.M. europaeum
5.M. fortuitum
6.M. genavense
7.M. gordonae
8.M. haemophilum
9.M. heckeshornense
10.M. kumamotonense
11.M. kyorinense
12.M. lentiflavum
13.M. mageritense
14.M. malmoense
15.M. marinum
16.M. nonchromogenicum
17.M. peregrinum
18.M. scrofulaceum
19.M. shigaense
20.M. shimoidei
21.M. shinjukuense
22.M. simiae
23.M. szulgai
24.M. terrae
25.Mycolicibacterium toneyamachuris
26.M. triplex
27.M. ulcerans
28.M. ulcerans subsp. shinshuense
29.M. xenopi
Ⅵ章 患者の不安に即した肺非結核性抗酸菌症Q&A
跋文 今後のNTM 研究に求められるもの─臨床医,研究者へ─