足かけ五〇年に近い年月を、明治・大正・昭和の三代にわたって、ただまっしぐらに書き続けてきた花袋の底に張られる強力なる線、それは「無類の正直さ」であろう。かれは、人生の奥底を、正直な目で見つめ、自己の欲求を正直に示して、その生涯を貫いた。それは、利己的にも愚直にも見えたかもしれないが、かれが自己を愛し、そこから自然主義小説、宗教小説、歴史小説、紀行文が生み出されたとき、より次元の高いものへと昇華されていった。その全てが花袋の真実の声の吐露である。
死して八○年余。利根川のほとりを歩むとき、かれの作風のいまだ新鮮なるに驚きの声を発するのである。