地域とともに歩む精神医療の新たなかたち
病院、患者、地域が一体となって取り組む新しい精神医療が、心の回復と社会復帰を後押しする
精神疾患は5大疾病(がん、精神疾患、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)の一つに数えられ、日本では5つの疾病のうち患者数が最も多くなっています。しかし、日本の精神科医療は欧米を中心とする先進国に比べ、遅れているといわざるを得ません。
厚生労働省の調査によると、日本の精神科における平均在院日数は276.7日と、欧米の先進国の約10倍にも及びます。抗精神病薬の発達によって、患者を長期間入院させず外来で治療できるケースが増えてきたにもかかわらず、平均在院日数は依然として長いままなのです。こうなってしまう理由の一つに「精神科患者は収容する」という考えが日本の精神医療界に根強く残っている点が挙げられます。
著者は、こうした「長期入院ありき」の方針は患者と一般社会との関わりを希薄化させてしまい、それが退院後の社会への適応を妨げる要因になっているといいます。
大学で精神科を学んだのちドイツへと留学した著者は、現地の病院で抗精神病薬だけに頼らず、患者への細やかなケアや芸術療法などによって日本よりもはるかに短い期間で患者が退院していくのを目の当たりにしました。著者はこの時の経験から、日本でも薬で症状を抑え込むのではなく患者の心をケアしていく芸術治療や、社会復帰を意識した早期退院を目指す治療を提供することを決意しました。
帰国後、幾つかの病院で経験を積んだ著者は、2014年から理事長を務める病院で、留学中に学んだ芸術療法を取り入れ、コンサートなどの文化活動を定期的に開催しています。このコンサートは地域住民にも開放されており、患者と地域住民がともに参加できるイベントとして、病院・患者と地域社会との橋渡しの役割も果たしています。
こうした取り組みが実を結び、著者の病院では日本の精神科の平均在院日数276.7日を大きく下回り、慢性期の患者も含めて平均約168日で退院させることができているといいます。
本書では、長期収容が当たり前になっている日本の精神医療の問題点を明らかにし、そこからの脱却を目指す著者の取り組みを紹介しています。医療従事者にとっては新たな治療の指針となり、患者やその家族にとっては退院後の社会復帰への希望をもたらしてくれる1冊となっています。