刊行にあたって
プロローグ――今,なぜベトナム反戦運動を振り返るのか
第Ⅰ章 ベトナム独立運動との邂逅
一 米国のインドシナ政策――そのディレンマ
大国間協調と民族自決の間/第二次世界大戦中のインドシナ/ベトミンの結成と拡大/OSS要員とグエン・アイ・クォックの出会い/ベトナム民主共和国の独立宣言とOSS/フランスの復帰とサイゴンの混乱/ホー・チ・ミンからトルーマン宛の書簡
二 第一次インドシナ戦争と在ベトナム日本人
日本軍進駐下の独立支援者/小松清とインドシナ/小松清とグエン・アイ・クォック/第一次インドシナ戦争の勃発/第一次インドシナ戦争と元日本兵/元日本兵の戦争協力/中華人民共和国の成立と米国の「赤狩り」旋風/ジュネーヴ会談と米国政府
第Ⅱ章 ジュネーヴ協定と戦後世界の平和運動
一 米ソ冷戦と局地戦争の間
第二次世界大戦前の平和運動/米ソ冷戦下の平和運動とその矛盾/ストックホルム・アピールと世界平和評議会の結成/戦後日本の平和運動とその諸相/中国革命とアジア・アフリカ連帯運動の始まり
二 原水爆禁止運動の高揚とベトナム支援
ビキニ事件と原水禁運動の始まり/米国における反核運動の再生/原水禁運動の国際連携/安保条約改定反対運動の高揚/新左翼とニューレフトの間/ジュネーヴ協定の矛盾/南ベトナム解放民族戦線の結成/日本のベトナム賠償問題
三 米ソ共存への転換とベトナム介入の拡大
ケネディ政権による米ソ共存への転換/部分的核実験停止条約と平和運動の分裂/ケネディ政権とベトナム干渉の拡大/「ベトコン」とは誰か/米国の平和運動とベトナム問題の「発見」/トンキン湾事件の衝撃/トンキン湾事件後の平和運動
第Ⅲ章 戦争の「米国化」と反戦運動の始動
一 北爆の始まりと反戦運動の越境
ベトナム戦争の「米国化」/米国における反戦運動の始動/日本におけるベトナム反戦運動の始まり/日本の世論と一日共闘の実現/日本政府の対応/戦争報道規制の動き/米国における反戦連合の形成/日本における原水禁運動分裂とベトナム反戦/米国における反戦運動の拡大と内部対立/小田実の「海外平和遊説」/アメリカ人のハノイ訪問/戦争拡大と和平の間で動揺するジョンソン政権
二 反戦運動の日米交流と国際反戦デーの始まり
フルブライト公聴会の開催と批判意見の増加/ベ平連と反戦運動の日米交流/日米市民会議の開催/中ソ対立と国際共産主義運動の多様化/米国における新たな連合体の結成/軍事情勢の行き詰まりとハノイ・ハイフォン爆撃/ハノイ・ハイフォン爆撃と総評の一〇・二一反戦スト
三 ジェノサイドをめぐる深い溝
ソールズベリのハノイ報告/マスティの死とキングの参加/ハト派大統領候補者の登場/四・一五春季動員委の反戦集会/全米労組の戦争支持と反戦労働者の台頭/ラッセル法廷の開廷/日本の加担責任と東京法廷
第Ⅳ章 反戦運動の高揚と和平交渉の始まり
一 米日両国における反戦運動の高揚
戦争の「泥沼化」と支持率の低下/マクナマラの苦悩/和平交渉の模索と第二回日米首脳会談/新左翼系学生による第一次羽田闘争/街頭実力闘争の衝撃/一〇・二一国際反戦デーと佐藤首相の訪米抗議行動/イントレピッド脱走米兵の衝撃/米国における一〇・二一国際反戦デーの準備/一〇月二一日の国際反戦集会/ペンタゴン封鎖デモの波紋/ジョンソン不支持率の増加/強気を変えぬジョンソン政権/第二回ラッセル法廷の衝撃
二 テト攻勢の衝撃と和平交渉の始まり
テト攻勢の衝撃/佐世保・王子そして成田/ジョンソン声明による米国平和運動の分裂/日本における下からの共同行動の模索/各地での反基地運動の活発化と全共闘運動の始まり/ベ平連による「反戦と変革に関する国際会議」の開催/米国の大統領選挙と反戦運動の低迷/一〇・二一の国際反戦デーと新宿「騒乱」
三 ニクソン政権の「ベトナム化」政策と七〇年安保問題
ニクソン政権のベトナム和平政策/反戦運動連合体の衰退と再編/日本におけるベトナム反戦と反安保の結合/六月行動委による共同行動の模索/ベ平連内部の世代間対立/米国における秋の統一行動/佐藤首相の訪米と沖縄返還/佐藤首相の訪米反対運動/日米共同声明と総選挙/ベ平連活動の多様化と四・二八沖縄デー
四 戦争の再拡大からパリ和平協定へ
カンボジア侵攻と米国反戦運動の再生/七〇年安保闘争と安保条約の自動継続/反戦米兵の支援とアジア安保への対応/ニクソン政権の介入強化策と中間選挙/ベトナム帰還兵の告発と反戦運動の再生/日本での沖縄返還と反基地運動/連合赤軍事件の衝撃/ただの市民が戦車を止めた/大統領選挙と和平交渉の進展/パリ和平協定と日本の反応
エピローグ――ベトナム反戦運動の遺産
文献一覧
あとがき
主要人名索引
【コラム】
1 加茂徳治のベトミン体験
2 アメリカン・ガンジーと呼ばれた男
3 ジョーン・バエズの日本公演
4 「憂慮するアジア研究者の会」の誕生