第一章 江戸にラクダがやって来た
一 江戸はラクダで大騒ぎ
どのようにラクダと接したか
到着地、板橋へも人が殺到
紀州藩主と平戸藩主の明暗
迎賓館赤坂離宮と赤坂御用地
感染症流行の時代/絶妙のタイミング
ラクダから逃げ出す疫病神
元気な十方庵の記録からわかること
「ラクダ現象」の広がり
『武江年表』の誤りと、資料の扱いについて
二 長崎舶来から江戸に至るまで
長崎にとどまり続けるラクダ
ラクダの情報で遊ぶ江戸の狂歌師たち
ラクダが出島を去るまで
大坂にラクダがやって来た
大坂の唐物屋が売り出していたラクダ絵図
なかなか始まらない難波新地の見世物
大坂でも大当たり
大坂から京へ
ラクダを描く画家たち
雌雄仲むつまじいラクダは「夫婦」に
流行唄のラクダは「よれつもつれつ夫婦連れ」
「土瓶の鋳掛」から「駱駝」へ
文人たちの「仲よしラクダ現象」 ――頼山陽と梁川星巌
さらに語られ、描かれるラクダ
伊勢を経て、中山道から江戸へ
ラクダは「紀州様の荷」
三 『駱駝之図』を読む
絵柄を読む
唐人姿の男たち
口上記文を読む
中国的認識枠と西洋知識
ラクダのコブはむずかしい
「天竺カテゴリー」とハルシヤ、アラビア
誇張されるラクダの能力
盛りだくさんの「ご利益」
ラクダと七福神とのコラボ
『和合駱駝之世界』
ラクダ研究書の世界
1 堤它山『駱駝考』
2 大槻玄沢『駱駝訳説』
3 松本胤親『駱駝纂説』
4 山崎美成『駝薈』
江戸の「ラクダ現象」をめぐって
四 ラクダの旅路
水海道でのトラブル、そして八王子、大田原(文政八年)
金沢、鯖江を経て名古屋へと向かう(文政九年)
ついに名古屋にラクダがやって来た(文政九年十一月)
『絵本駱駝具誌』が再現する世界
二度目はうまくいかず備前から徳島へ(文政十年)
中国地方をめぐる旅 ――広島、岩国、天神渡、津山(文政十一年)
謎の空白を経て若狭小浜に(天保三年)
江戸再来と信州飯田(天保四年)
ラクダの行方
ラクダの到来と異国・自国の形象
五 落語『らくだ』の時代
落語『らくだ』の概要
ラクダ見世物と「かんかんのう」
同時代文化が交響する落語
『らくだ』のパフォーマンス
第二章 舶来動物と見世物
一 動物舶来の歴史
古代の動向
クジャクとオウム
舶来動物と「ご利益」
中世の動向
朝鮮のタカ
近世の動向
多数を占める鳥類
かぎられた享受者たち
二 舶来動物の見世物
見世物の揺籃期
商業化が進んだ江戸時代後期
三 そこで何が起こっているのか
珍しい動物の「ご利益」
生餌の演出
勢州松坂鳥屋熊吉
議論の行方
第三章 開国期における異国・自国の形象
一 異国船はやって来る
オランダと中国が混淆する異国船
「来航する」という形式
二 ペリー来航と日米のレプリゼンテーション
西洋世界の地球的拡大とペリーの「砲艦外交」
日米のレプリゼンテーション
三 不気味な異国人物、そして「神風」「神国」
異形の異国人物たち
「神風」が異国船を吹き戻す
非対称性の別次元からの解消
「神国」では異国のトラも日本語を覚える
「神風」の遊廓
第四章 日本人になってみる、日本をやってみる ――身体が形象するジャポニスム
一 日本人になってみる
あたしたち日本人になっちゃった
「日本人になってみる」コスプレの系譜
二 日本をやってみる ――「茶店・茶屋」と「茶屋の娘」たち
プラハのYOKOHAMA
チェコのジャポニスムを牽引したホロウハ
三 ホロウハの行動的ジャポニスム
『嵐のなかのサクラ』と最初の日本滞在
二十代後半での「茶店・茶屋」の実現
『日本の子どもの昔ばなし』
四 「実物の日本人」と出会う
日本の軽業曲芸師たち
五 ジャポニスムの源泉としての軽業曲芸師
最初の旅券の集団
「子どもたちは例の日本人を見てきた」
六 「芸者」と「ゲイシャ」の相乗
万国博覧会と「日本村」
オペレッタ『ゲイシャ』に烏森芸者が出演
ドレスデンの芸者とプラハの「茶屋の娘」たち
第五章 横浜が売る「ニッポン」 ――サムライ商会を中心に
一 サムライ商会の「ニッポン」
強烈な日本趣味の外観
骨董と美術工芸品の製造 ――サムライ商会の内部から
日本趣味のシルバーウェア
再創造・再生産される「ニッポン」
二 野村洋三をめぐる人びと ――獅子文六、そして新渡戸稲造と鈴木大拙
作家、獅子文六の父親のシルク・ストア
新渡戸稲造の武士道に呼応して
鈴木大拙との交流
BushidoとZenの背後にあるもの
注
主要参考資料
初出一覧
あとがき