人類の生存と持続可能な発展目標(Sustainable Development Goals: SDGs)のためには,今や人間の周辺のみならず自然環境全体の健康の維持が不可欠である.しかしながら,「自然環境」の全体像をつかむのは容易ではなく,多くの分野を勉強する必要があり,1冊の書物で全体像が把握できるものはない.そこで,本書の前半は「自然環境」の全体像をできるかぎり簡潔に網羅する.まず第I編で宇宙・地球・生命の起源と進化そして未来を概観し,第II編で地球の自然環境のしくみを簡潔にまとめる.第III編では,人間の健康状態と病気にあたる自然環境の現状と災害や汚染などを,火山,地震,土砂,気象,大気,水,土・岩石,都市環境,人口,食糧,感染症などで具体的に俯瞰する.第IV編では,自然環境を定量化する科学として,宇宙・地球科学,物理学,化学,生命科学,複雑系科学を,自然科学の歴史と共に振り返り,自然の定量的な記述と予測はまだ不十分であることを述べる.
第V編では,自然環境のリモートセンシング,地下探査,非破壊検査の手法の現状を概観するが,自然環境の診断や病気の検出が十分にできている状況ではないことを述べる.そして,本書の最大の特徴である,著者自身の「自然環境の聴診器の開発」を紹介する.著者は,主として可視・近赤外・赤外分光法による自然物質の変化の計測・評価法を開発してきた.これらの手法を用いることで,自然環境の現状を把握するだけでなく,その推移を計測することで,将来予測が可能になる.
本書の第二の特徴は,上記の非破壊その場観測手法を用いて自然環境の時間変化を計測し,それを物質移動論・化学反応速度論などを組み合わせて解析することで,将来予測につなげる手法を提供することである.著者が実際に行ってきた自然環境の変化予測の研究事例を紹介することで,これらを具体的に提示したい.
最後に,自然環境の健康を守る「自然環境医学」とは何かを考える.著者は,ヒトの病気にあたる自然災害や環境汚染を極力予防しまた軽減し,事故にあたる人為的な災害や汚染などを防止するということではないかと考える.ヒトの医学でいう「薬による治療」や「手術」,「臓器移植」などの人工的なものは極力さけて,自然自身の自己修復作用,自浄作用などを活かし,自然環境の寿命そのもの(天寿)を全うすることをめざしたい.そのためには,まず自然のしくみを理解し,現状を定量的に把握し,健康状態をモニターし,すなわち健康診断し,その推移・経過観察をして,できるかぎり今後を予測し,予防医学的に,生活習慣を変えるなり,運動に努めるなりする.著者は,そのようなイメージを持っているが,「自然環境医学」は,まだ始まったばかりの分野であり,読者の皆さんと共に,これから試行錯誤しながら築き上げていきたい.