まだ昭和の時代だった1987年から平成を越え令和まで、35年間5年おきに8回も大学生の価値観を1人の社会学者が調査してきた貴重な社会学研究の集大成である。大学生を通して見る日本社会論として読むことができる価値のある1冊である。
時代の影響を受け、同じ大学生とは言っても、その価値観は大きく変わってきた。8回の調査対象者たちは大きく3つの世代に分けることができる。第1世代にあたる1987年、1992年、1997年の調査世代は、まだ昭和の大学生に近い価値観の持ち主だった。政治意識はやや革新寄りで、性別役割に関する考え方は変わりつつはあったが、まだ伝統的な考え方を維持している人も多く、大学の授業への出席度は高くなく、昭和の大学生と価値観を共有する部分が多かった。大学生は高校生とは違う存在だという意識もまだ強く持っていた世代であった。
第2世代にあたるのは、2002年、2007年、2012年の調査対象になった世代である。彼らは、企業の倒産、従業員のリストラ、大学生の就職難、格差社会、勝ち組/負け組、ワーキングプア、フリーター、ニート、そんな言葉ばかりが聞こえてくる中で育ち、人生の落後者にならないようにという意識を強く持たされることになった世代である。様々な場面においてチャレンジするより手堅く生きる生き方を選択する傾向が強くなった世代である。大学の授業もまじめに出てとりあえず単位を取り就職活動の妨げにならないようにし、新卒採用で潰れない企業に就職しなるべく転職はせず、結婚し、子どもを持ち、無難に生きることを目標とする。政治や社会問題には基本的に興味はなく、現状があまり変わらなければいいという生き方を選択するという平成の大学生たちである。この時代に、大学生の高校生化は一気に進んだ。
第3世代が、2017年、2022年調査世代である。彼らの価値観形成に大きな影響を与えたのは、スマホの存在である。学びも遊びも人間関係もすべて手元のスマホで済ませられるのが当たり前という環境の中で育った彼らは、手間のかかることは避け、スマホで容易にできることだけで完結する生活で満足するようになっている。対面での人間関係は、親しい友人や家族以外との関係はすべて面倒なものと認識し、異なる世代との付き合いはもちろん、恋愛や結婚すら面倒なものと思う人が増えている。個人として自由な時間を確保することが何より大事だという価値観の持ち主が増えている。生き方の多様性を認めようという論調が、こうした学生たちの個人的生き方を後押ししている。かつて昭和の大学生に求められた健全な批判的精神を身につける人はおらず、難しい社会的テーマについては深く考えないままとりあえず同調するか、なるべく関わらないようにしている。これが今後ますます増えてくるであろう令和の大学生の姿である。