保険特に責任保険は,大気汚染,水質汚濁,土壌汚染,有害化学物質汚染による被害者を救済するための保険制度,生物多様性が破壊されたときにそれを復旧するための費用をカバーする保険制度など様々な環境政策に応用できる。つまり,責任保険を用いた環境政策は,SDGsの目標達成のための有用なツールとなりうる。
責任保険とは,事故を生じさせた保険契約者が負担する法律上の責任の一部または全部を保険会社が肩代わりし,当該事故の被害者に保険会社が保険金を支払うものである。自動車の強制保険として知られている自賠責保険も責任保険の1つである。
日本では,船舶による油濁汚染の被害者を救済するための船主責任保険の手配を義務化した政策などが既に実施されている。このような責任保険の手配を義務化した環境政策(以下「環境保険政策」という。)は,米国のスーパーファンド法やドイツの環境賠償責任法における政策など,欧米では日本に比べるとより一般的である。さらに,東アジアに目を転じると,韓国では2014年に制定された環境汚染被害賠償責任及び救済に関する法律に基づき,2016年より環境責任保険の手配が義務化されており,中国でも2013年より環境汚染賠償責任保険の手配の義務化が検討されている。
環境保険政策の日本における位置づけは,環境汚染が実際に生じてしまったときに,その被害者を救済するための事後的措置のみである。しかし,海外においては,潜在的な汚染者が負担する保険料を環境汚染のリスクに応じて変動させることによって汚染者に減災インセンティブを持たせ,結果として環境汚染を抑制する,という事前的措置としても活用されている。
環境保険政策を分析したこれまでの研究は,定量的な評価を行ったものは皆無に等しい状況である。さらに,解析的な分析を行った研究では,実際の政策において不可避的に生じる保険会社の事業費を無視したものがほとんどであり現実味に乏しい。
本書は,まず,日本国内の事業者に環境汚染賠償責任保険の手配を義務付けるという政策の経済効果を,一般均衡モデルを用いて定量的に分析・評価している。その一般均衡モデルは,企業が排出する有害化学物質のデータとそれに応じた環境リスク,保険,経済活動を統合したものとなっており,事前的措置かつ事後的措置としての効果を定量的に評価している。もちろん,保険会社の事業費もモデルに組み込まれている。その結果,当該政策の日本経済に与える負の影響は大きくないとしている。
さらに,同モデルを用いて,環境税を導入したときの制度の運営コスト・取引コストが経済シミュレーションに与える影響を評価している。その結果,制度の運営コストを無視すると政策分析を見誤る可能性があることが指摘されている。
次に,部分均衡モデルを用いて,自動車による大気汚染の抑制と被害者救済を目的とした環境保険政策の分析・評価も行っている。