はじめに/第1部 抗戦と平和/1 ウィンストン・チャーチル/「我々は戦う。岸辺で、上陸地点で、野原で、街路で、丘で」1940年6月4日/第2次大戦時、英国軍の反転攻勢を鼓舞した名演説/チャーチル以前の英国とポピュリズム/「すごい」「すばらしい」「凄まじい」ドイツ軍の恐ろしさ/映像のようにたたみかけ、聴衆の心を揺さぶる/今も昔もしたたかなアメリカ/「どんな犠牲を払っても」という切迫感/戦争屋は、戦争が終わればお払い箱?/戦況を覆した世紀の演説/【原文抜粋】/【演説要旨】/2 ウォロディミル・ゼレンスキー/「ウクライナに栄光あれ」2022年3月8日/同12月21日/ゼレンスキーはパトス(感情)の人/あの日からの13日間を描く/「ウクライナも私も、ナチスじゃない」/過去の惨劇を思い起こさせる/「子ども」で感情を揺さぶる/郷に入りては郷に従え──アメリカでのレトリック/これは宗教戦争であり、言語闘争でもある/スピーチの役割、言葉の重み/【演説要旨=2022年3月8日@英国議会オンライン】/【原文抜粋=2022年12月21日@米国連邦議会】/【演説要旨=2022年12月21日@米国連邦議会】/3 ジョン・F・ケネディ/「Ich bin ein Berliner(私はベルリン市民です)」1963年6月26日/生粋のヒーローが残した数々の名演説/1963年6月、公民権法、キューバ危機後、ベルリン訪問/冷戦下のユーモア/ベルリンの壁の特殊性/宗派アレルギーを解消した男/ケネディは自虐ネタの名手?/ベルリンの壁崩壊のきっかけを作った演説/【原文抜粋】/【演説要旨】/4 ロナルド・レーガン/「この壁を壊してください!」1987年6月12日/「つかみ」は現地語で/一都市の問題ではなく、全世界の問題なのだ/ベルリンの真ん中でソ連に軍縮を呼びかける/ザ・グレート・コミュニケーター、レーガンのお手並拝見/レーガンとゴルバチョフの歩み寄りが冷戦終結をもたらした/誰もが愛したレーガンのユーモア/東欧の民主化とベルリンの壁崩壊の真実/【原文抜粋】/【演説要旨】/5 リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー/「過去に目を閉ざす者は現在にも目をつぶることになる」1985年5月8日/史上最強の謝罪演説/過去に対する責任は誰にもある/加害すべてを網羅する/謝罪するなら徹底的に/「知る責任」を問う/ドイツを野蛮国からヨーロッパのリーダーへと転換させた/【演説要旨】/6 ジャワハルラール・ネルー/「世界で何が起ころうとも、どちらにも属さない」1955年4月18日/インドのネルーの名演説/第3世界の非同盟宣言は「グローバルサウス」へ/元植民地としての大国への怒り/戦争への痛切な忌避感/内政不干渉のジレンマ/【演説要旨】/7 トウ小平/「今、3つの世界がある」1974年4月10日/ルーツはネルーの演説にある/トウ小平演説の皮肉/ソ連の位置づけを変えた/50年を経て変貌した中国/中国批判の絶好の材料?/第3世界の消滅/先進国か途上国かを使い分ける/【演説要旨】/8 昭和天皇/「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」1945年8月15日/日本には演説文化がない?/初めて聞く天皇の声が戦争を止めた/平和大国日本の礎となった?/玉音放送から人間宣言へ/【「玉音放送」原文】/【「人間宣言」抜粋】
他