江戸風鈴―篠原儀治さんの口語り
編著:野村 敬子
内容紹介
篠原儀治さんにお会いする度、現代の伝統工芸の名工といわれる、その職人気質について教えていただいた。それはこれまで、本で読んだり、話に聞いていた所謂職人という職業者についての概念とは大きく異なるものであった。
私が承知していた職人さんは頑固一徹、融通のきかない、近付き難い、どちらかと言えばこわい方がたであった。それは岡崎豊氏の著作にも職人気質として指摘されている。しかし「江戸風鈴」の篠原儀治さんは、違っていた。
自由な、のびやかな発想の持ち主。
「世界に出向いて日本の音を紹介する機会が増えてきましたので、風鈴つくりを工房に見学に御出での方に、風鈴の形や絵を見たり、関連の作品を見たりして頂いています。デパートの催しや国の交流などで折々風鈴の音を紹介してまいりました。渡辺さんにも外国の方を案内して頂き、風鈴の日本文化を体感して頂いていました。」老境が紡ぐ誇り高い世界がある。
私は対話をしながら、篠原儀治さんの想いだし語りを聴き、そのしなやかな独創的な発想に心うたれる。
篠原さんの人生は実に、昭和史そのものの出来事と直面して歩まれたと思う。個人の生活史ではありながら、昭和総体の重い検証でもあることに気付かせられる。そうした篠原さんの昭和を検証するまことの言葉を「口語り」として纏めさせて頂くことにした。ノンフィクション作家保阪正康は「昭和史を調べる中で四千人の方に話をうかがってきたが、一割の人は本当のこと、もう一割は最初からうそを言う。八割の人は記憶を美化し、操作する。この八割というのは実は我々なんです。」と言っている。(朝日新聞)その記憶を美化し操作する人間の情動は「調べる」ことの中に生ずる人間関係がそれを決定付けるものであろう。「調べる」ことを私は行わない。それは私が本書に試みる対面対話「語り・聴く」「口語り」の意味あいと、人間関係において大いに異質と言わなければならない。昔話や伝説などの固定概念を切り崩し、篠原さんの昭和をまことの心に根差す声で語っていただいた。「口語り」の可能性。口語りの世界。
目次
出会いの美しさ 1
序章 思い出すまま 11
1 父親・又平 母親・ケサノの事 11
2 母ケサノの家・篠原の伝説 16
3 生まれは関東大震災の次の年 23
4 向島の記憶 29
5 大きくなったらアフリカに行こう 36
6 「都民祭り」の思い出 42
7 神田明神のお神輿が手術室に 45
8 江戸川区登録無形文化財保持者へ 48
第一章 風鈴の足跡 53
1 ガラスは宝物 53
2 瑠璃、玻璃ガラスの歴史 57
第二章 風鈴の歴史 69
1 風鈴は法然上人と共に 69
2 風鈴は魔除けの音 75
第三章 風鈴師の民俗と伝承 81
1 たたら祭り 81
2 かっぽれ 82
3 江戸東京博物館柿落しで「かっぽれ」を踊る 85
4 職人伝承・紀伊国屋文左衛門 88
5 篠原家の正月参り 94
第四章 風鈴再生 103
1 篠原工房の江戸風鈴 103
2 あまり思い出したくない戦争体験
――インパール作戦の後に出征 110
3 見附とは生涯の縁 120
4 お前の嫁はきまっている 126
5 「光クラブ事件」 129
6 街商にでる 134
7 風鈴再生――民芸品の対面販売 141
8 現代伝説の黄色い風鈴・招き猫 146
9 招き猫伝説 148
第五章 人生哲学「三惚れ」 153
1 江戸川区に惚れる 153
2 江戸川伝説 159
3 名前をいただいた お寺さんに行く 171
4 幽霊の話 173
第六章 日本の伝統工芸を守る 179
1 江戸川区の職人 179
2 江戸川区の伝統工芸 181
3 「江戸風鈴」資料館 190
4 名誉都民になりまして 193
終章 新しい明日の伝統工芸 203
1 会長として三十年 203
あとがきに代えて
「口語り」の可能性 211
1 筋書きの無いドラマ 211
2 「口語り」とは 216
3 江戸の心 219
4 渋谷区での試み 224
5 栃木市での試み 226
6 横浜で聴く竹富島 トヨさんの「口語り」 232
7 「口語り」の可能性 238
8 終わりに 243