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「ポスト・トゥルース」時代における「極化」の実態

倫理的議論と教育・ジャーナリズム

編著:塚本 晴二朗
編著:上村 崇
他著:眞嶋 俊造

紙版

内容紹介

 極化現象というのは意見が賛否に分かれる議題を集団で議論していると、両極端な意見へと集約されていく現象である。しかしポスト・トゥルース時代といわれる昨今では、ネットを中心に真実であるかどうかに関係なく、ただ敵対する相手を攻撃するだけの意見を浴びせるような事象が問題となっている。賛否が分かれるような争点を議論しているうちに、極化現象が起きたとして、もし双方が対立する側を言い負かすだけのために真実であろうとなかろうとなりふり構わず、ただ攻撃的な意見を浴びせるだけ、というようなことが起こる時代になっているとすれば、議論をすること自体がある意味で非倫理的だ、ということになってしまう。しかしその一方で、もし社会的争点があれば、全ての社会の成員が、徹底的に納得いくまで議論をするのが、民主主義の原則なはずである。
 本書では、今という時代の議論を倫理学的に検討を行った。

 第1章の「正しい罵り合い」では、議論の仕方を根本的に考察する。議論というよりも罵り合いといった方が適当であるようなものになってしまいかねない、現在のネット上の論争であっても、議論が民主主義の原則であるのならば、否定してしまうわけにはいかない。そこで逆説的に、正しい罵り合いというものは存在するのか、という点に着目した。
 第2章の「SNSの極化」では、平昌五輪期間中に発生した韓国産いちご問題を事例に、メディアの客観報道に基づいて、受け手の議論・対立(極化・分断)がどのように生じているかをダイアロジカルネットワーク分析によって明らかにした。それによって、ポスト・トゥルース時代における、極化現象のメカニズムの再構築を試みた。
 第3章の「『極化』・感情・熟議」では、平昌五輪報道の実証研究における極化モデルを踏まえて、メディア環境の変化と感情変数の考慮から検討。その後に極化と「熟議」とを感情によってつなげ、寛容性のある場の構築を試みた。
 第4章の「望ましい議論に向けて(ジャーナリストがすべきこと)」では、議論のためのジャーナリストの規範を検討した。そのために、まずジャーナリズムという活動の大前提を確認し、ジャーナリズムの定義を提示した。それに則った活動をするジャーナリストのアプローチを四つに分類し、特に意見が対立し議論になりうるような問題を扱う際に、どのような対応が想定されるかを考察した。そこから日本におけるジャーナリストの規範の導き出しを試みた。
 第5章の「望ましい議論に向けて(教育ですべきこと)」では、望ましい議論を形成する思考に焦点を定めて検討する。自らの正義感について批判的に考える態度が涵養されれば、他者を一方的に非難することはなくなるかもしれない。「正しい罵り合い」が公共空間のなかで成立するためには、一方的に相手を非難するのではなくて、罵り「合う」ことが必要である。罵り合う技術と態度を涵養することは、私たちの自ら発する言葉について敏感になり、規範的なお題目とは異なった言葉の力を取り戻すことにもつながる。そうした点に注目して考察する。

目次

 はじめに

第1章 正しい罵り合い ─ 「正しい議論の仕方」からの類推
 1.1 はじめに
 1.2 ユニコーンモデルからの検討
   〔1〕ユニコーン
   〔2〕正しい戦争
   〔3〕正しい罵り合い
 1.3 「正しい議論の仕方」の類型
   〔1〕ソフトな対話(フリーディスカッション)
   〔2〕ハードな対話(論点についての討議)
   〔3〕講演・演説
   〔4〕ディベート
 1.4 「正しい議論の仕方」に共通するないし類似する特徴は何か?
 1.5 「正しい罵り合い」
 1.6 おわりに

第2章 SNSの極化 ─ 平昌五輪の韓国産いちご問題を事例としたTwitterにおける実証研究
 2.1 日本における韓国への感情
 2.2 極化現象モデルとネットレベルの極化
 2.3 極化現象と「共鳴室」現象
 2.4 エコーチャンバーと選択的接触
 2.5 メディア極化メカニズムの再構築
 2.6 韓国産いちご問題の解明 ─ ダイアロジカルネットワーク分析を用いて
 2.7 Twitter上の韓国産いちご問題に関する極化
   〔1〕抽出されたインフルエンサーの概要
   〔2〕日常的な共鳴空間
   〔3〕共鳴空間の転換期
   〔4〕農林水産省声明後の共鳴空間の補強
   〔5〕共鳴空間の再転換
 2.8 韓国産いちご問題からみる極化現象
   〔1〕韓国産いちご問題を事例とした極化のメカニズムに関して
   〔2〕韓国産いちご問題を議論していたのは、どのような集団だったのか?

第3章 「極化」・感情・熟議
 3.1 はじめに
 3.2 Webメディアによる「極化」
   〔1〕「ハイブリッド・メディア・システム」と「ニュース性」
   〔2〕「感情」概念の導入:社会心理学的接近
     (a) 感情研究の現状:社会心理学、パーソナリティ心理学
     (b) メディア「極化」研究と感情
       1.「極化」の諸相とメディア研究
       2.「極化」の諸相と感情
 3.3 「極化」と議論(「熟議」)
   〔1〕感情と熟議
     (a)熟議デモクラシーの概念、条件、過程
     (b)感情と熟議の関連
     (c)「極化」の諸相とメディア研究
     (d)「極化」の諸相と感情
   〔2〕「熟議」政治(deliberation politics/democracy)研究の現在
 3.4 おわりに

第4章 望ましい議論に向けて ─ ジャーナリストがすべきこと
 4.1 はじめに
 4.2 「真実を述べること」と「信頼をえること」
 4.3 ジャーナリズムの定義
 4.4 ナショナリスティック・アプローチ
 4.5 リバタリアン・アプローチ
 4.6 リベラル・アプローチ
 4.7 コミュニタリアン・アプローチ
 4.8 インターネットの登場による状況の変化
 4.9 おわりに

第5章 望ましい議論に向けて ─ 教育ですべきこと
 5.1 はじめに ─ モラル過剰の時代
   〔1〕正義を振りかざす時代
   〔2〕モラル・パニック
   〔3〕他者不在の思考 ─ 正しさの根拠をめぐる問いの忘却
 5.2 正しい罵り合い? ─ ラップ的思考を通した相互理解の試み
   〔1〕文句ある奴らは会いに来い
   〔2〕ラップ的思考の力 ─ 喜怒哀楽を源泉とする思考
 5.3 対話による世界の創造 ─ 対話的思考と他者への応答
   〔1〕対話的思考と対話的教育
   〔2〕被抑圧者の教育学 ─ 抑圧された者の解放としての教育
 5.4 むすびにかえて ─ 望ましい議論を「望ましい議論」にする態度
   〔1〕他者の存在に対する責任 ─ 応答責任と説明責任
   〔2〕結局、「望ましい議論」に向かうとはどういうことか?
 5.5 補遺
   〔1〕メディアリテラシー ─ 教育という処方箋
   〔2〕私たちの思考のクセを自覚する
   〔3〕メディアリテラシー教育
   〔4〕望ましい議論に向けた技術のトレーニング

 おわりに

 編著者紹介

著者略歴

編著:塚本 晴二朗
学歴:日本大学 大学院 法学研究科 博士後期課程 政治学専攻 単位取得満期退学、博士(コミュニケーション学)
所属:日本大学 法学部 新聞学科 教授
著書:『ジャーナリズムの規範理論』日本評論社、『ジャーナリズム倫理学試論』南窓社、『「極化」現象と報道の倫理学的研究[共編著]』印刷学会出版部
編著:上村 崇
学歴:広島大学大学院 文学研究科 博士課程後期 倫理学専攻 修了、博士(文学)
所属:福山平成大学 福祉健康学部 健康スポーツ科学科 教授
著書:『科学技術をよく考える[分担執筆]』名古屋大学出版会、『教育と倫理[分担執筆]』ナカニシヤ出版
他著:眞嶋 俊造
学歴:英バーミンガム大学 グローバルエシックス研究所 博士課程修了、Ph.D
所属:東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 教授
著書:『平和のために戦争を考える─「剥き出しの非対称性」から』丸善出版、『正しい戦争はあるのか?─戦争倫理学入門』大隅書店、『人文・社会科学のための研究倫理ガイドブック[分担執筆]』、『民間人保護の倫理─戦争における道徳の探求』北海道大学出版会

ISBN:9784870852402
出版社:印刷学会出版部
判型:A5
ページ数:128ページ
定価:2600円(本体)
発行年月日:2021年03月
発売日:2021年03月11日
国際分類コード【Thema(シーマ)】 1:JHB