まえがき
第1章 パウロによる解釈法の難題
聖典の読者かつ誤読者であるパウロ
パウロによる解釈法への諸々の批判的なアプローチ
パウロによる聖典解釈:議論の現状
ミドラシュとしてのパウロによる釈義?
間テクスト性:提案するアプローチ
フィリピ書1:19における間テクスト的な反響
解釈学的な考察と制約
反響の場:5つのオプション
反響を聞く:7つの評価基準
防御柵を越えて
第2章 ローマ書における間テクスト的な反響
予示された義と怒り(ローマ書1–2章)
神の義の啓示
裁き、苦難、苦悩
異邦人の中で汚されている
神の義の証人としての律法と預言者(ローマ書3–4章)
「すべての人が間違っているとしても神は真実であるとせよ」(ロマ3:4)
律法と預言者に立証されて
ユダヤ人と異邦人の父であるアブラハム
屠られる羊(ロマ8:18–39)
神の言葉は倒れたのか(ローマ書9–11章)
「イサクのうちにあなたの子孫が呼び出される」(ロマ9:7b)
神は御自分の民を退けたのか(ロマ11:1; サム上12:22; 詩94:14)
異邦人よ、主の民と共に喜べ(ロマ15:10; 申32:43)
「信仰に依拠する義は語る」(ロマ10:5–10)
議論におけるロマ9:30–10:21の位置づけ
律法のテロス(ロマ10:4)
「あなたの口、あなたの心に」(ロマ10:8)
隠喩としての言葉
第3章 約束の子どもたち
教会中心的な解釈法
荒野におけるイスラエル(Ⅱコリ8:8–15; Ⅰコリ10:1–22)
わずかしか集めなかった者も不足することはなかった(Ⅱコリ8:15; 出16:18)
私たちは主にねたみを起こさせるのか(Ⅰコリ10:22)
イスラエル/教会の予型論(Ⅰコリ10:1–22)
これらのことは予型として起こった(Ⅰコリ10:6)
かの人々の物語は我らを叙述し、我らを規定する
聖典が異邦人の祝福をあらかじめ示す(ガラ3:6–9, 4:21–31)
聖典は福音をアブラハムに予告した(ガラ3:8)
アブラハムには2人の息子があった(ガラ4:22)
多くの者は捨てられた女の子どもたちである(イザ54:1; ガラ4:27)
第4章 キリストからの手紙
新しい契約の解釈法?
Ⅱコリ3:1–4:6―1つの読み
肉的な心の板
覆いをかけられた栄光
覆いを取り除くこと
変容されたテクスト
第5章 「言葉はあなたの近くにある」──終末論的共同体における解釈法
パウロによる聖典の読み
主の霊があるところには、自由がある
「ならば私たちは律法を無効にするのか」──改変と連続性
パウロにおける解釈学的な方法と制約
語りかけの言葉としての聖典
時の転換点における解釈法
結論──間テクスト的反響の諸戦略
解釈学的モデルとしてのパウロの手紙
注
用語・人名解説
訳者解説