柳田國男、南方熊楠、高木敏雄、芳賀矢一らによる、近代説話学の創始から、一〇〇年。
五〇年前に設立された説話文学会が、日本のあり方にかかわるすべての領域に、「説話」というキーワードで挑む。
何をどこまで明らかにしてきたのか。これから何をしていくのか。
総力を挙げて世に問う。
本書は、2012年6月に開催された説話文学会50周年記念大会、および、12月に韓国日語日文学会共催で行った説話文学会ソウル大会を収録。くわえて各方面から寄せられたエッセイ「説話文学会五〇周年に寄せて」から構成される。
今後の日本古典文学研究の未来が1冊にまとまったと言っても過言ではない。
【今、いずれの記録を読みかえしてみても、その折りの学会の雰囲気や熱気がまざまざと甦ってくる。参加されなかった方々にもその臨場感はある程度体感していただけるのではないかと思う。ここで議論されたことどもは、もはやかつての国文学内の説話文学ジャンルの域をはるかに超え出て、人文学総体にかかわる、あらゆる問題群が俎上に載せられたといってよい程で、今日の研究状況で最も説話が活況を呈していることをあらためて浮き彫りにしたといえる。説話という器があらゆる領域の問題群を呼び寄せ、引きよせ、包含し、呑み込む巨大な坩堝と化している、そんな思いにひたることができる。まさに説話の宇宙の体現であり、さまざまな人が集い、自在に行き交う知と学の広場が開かれたという感慨を禁じ得ない。
シンポジウムのまとめで述べたことだが、奇しくも近代の説話研究が勃興してからちょうど百年に当たる。説話研究は一世紀の歩みを経て、今日にまで至った。本書が今後さらなる学の進展に寄与しうることを念じてやまない。明日を担う志学の若い人たちにとってこの上ない道しるべとなれば幸いである。説話研究のさらなる五十年後、百年後を信じて―。】......序―説話研究の世紀(小峯和明[説話文学会 五十周年記念事業委員会代表])より
【総じて、作者論・作品論・主題論・ジャンル論というのがほぼ崩壊して、それらを解体し、中央と地域を相対化する日本的な視野をもって、さらにアジアという大きな視野へ問題を投げ入れて、そして、そこからまた戻って捉え直す、という複眼的な眼と方法と実践がいよいよ必要になってきたな、と思いました。国文学は、歴史、思想史、宗教史、絵画史、民俗・伝承などとの関連なしに存在しえないようです。今回のシンポジウムでそういうことを痛切に学びました。】......本書・錦仁氏発言より