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コレクション日本歌人選 35

石川啄木

著:河野 有時

紙版

内容紹介

うたの森に、ようこそ。
柿本人麻呂から寺山修司、塚本邦雄まで、日本の代表的歌人の秀歌そのものを、堪能できるように編んだ、初めてのアンソロジー、全六〇冊。「コレクション日本歌人選」の、石川啄木です。

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

石川啄木 いしかわたくぼく
「正直に言へば、歌なんか作らなくてもよいやうな人になりたい」。そう願いながら生涯を歌とともに歩んだ天才歌人。啄木にとって歌を作るのは「我」と向きあうことだった。文学、恋愛、中退、挫折、彷徨、東京、借金、病魔、故郷ーー夢を見たのも、夢から覚めたのもその才のゆえであったろう。新しき明日を見渡したその眼は、また、ありふれた今日の中から近代の抒情を発見する。歌壇の圏外に出て、平易な言葉で日常をとらえた啄木短歌は日本近代文学史に打ち据えられた道標である。

目次

01 東海の小島の磯の白砂に
  われ泣きぬれて
  蟹とたはむる
02 砂山の砂に腹這ひ
  初恋の
  いたみを遠くおもひ出づる日
03 大といふ字を百あまり
  砂に書き
  死ぬことをやめて帰り来れり
04 浅草の夜のにぎはひに
  まぎれ入り
  まぎれ出で来しさびしき心
05 わが髭の
  下向く癖がいきどほろし
  このごろ憎き男に似たれば
06 「さばかりの事に死ぬるや」
  「さばかりの事に生くるや」
  止せ止せ問答
07 鏡屋の前に来て
  ふと驚きぬ
  見すぼらしげに歩むものかも
08 非凡なる人のごとくにふるまへる
  後のさびしさは
  何にかたぐへむ
09 はたらけど
  はたらけど猶わが生活楽にならざり
  ぢつと手を見る
10 邦人の顔たへがたく卑しげに
  目にうつる日なり
  家にこもらむ
11 或る時のわれのこころを
  焼きたての
  〓麭に似たりと思ひけるかな(〓=麭の包を面に)
12 友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
  花を買ひ来て
  妻としたしむ
13 庭石に
  はたと時計をなげうてる
  昔のわれの怒りいとしも
14 誰そ我に
  ピストルにても撃てよかし
  伊藤のごとく死にて見せなむ
15 やとばかり
  桂首相に手とられし夢みて覚めぬ
  秋の夜の二時
16 病のごと
  思郷のこころ湧く日なり
  目にあをぞらの煙かなしも
17 不来方のお城の草に寝ころびて
  空に吸はれし
  十五の心
18 ふるさとの訛なつかし
  停車場の人ごみの中に
  そを聴きにゆく
19 やまひある獣のごとき
  わがこころ
  ふるさとのこと聞けばおとなし
20 意地悪の大工の子などもかなしかり
  戦に出でしが
  生きてかへらず
21 かなしきは
  秋風ぞかし
  稀にのみ湧きし涙の繁に流るる
22 我時々見知らぬものに誘はれて曠野の中に捨てられて泣く
23 無しと知るものに向ひておほごゑに祈りてありぬ故涙おつ
24 よきことの数々をもて誘へども胸を出でざり我のかなしみ
25 はたはたと黍の葉鳴れる
  ふるさとの軒端なつかし
  秋風吹けば
26 今日も亦をかしき帽子うちかぶり浪漫的が酒のみに行く
27 君が眼は万年筆の仕掛にや絶えず涙を流して居給ふ
28 潮かをる北の浜辺の
  砂山のかの浜薔薇よ
  今年も咲けるや
29 椅子をもて我を撃たむと身構へし
  かの友の酔ひも
  今は醒めつらむ
30 遠くより
  笛ながながとひびかせて
  汽車今とある森林に入る
31 いつなりけむ
  夢にふと聴きてうれしかりし
  その声もあはれ長く聴かざり
32 手套を脱ぐ手ふと休む
  何やらむ
  こころかすめし思ひ出のあり
33 春の雪
  銀座の裏の三階の煉瓦造に
  やはらかに降る
34 ふと見れば
  とある林の停車場の時計とまれり
  雨の夜の汽車
35 あはれなる恋かなと
  ひとり呟きて
  夜半の火桶に炭添へにけり
36 夜おそく停車場に入り
  立ち坐り
  やがて出でゆきぬ帽なき男
37 曠野より帰るごとくに
  帰り来ぬ
  東京の夜をひとりあゆみて
38 マチ擦れば
  二尺ばかりの明るさの
  中をよぎれる白き蛾のあり
39 かなしくも
  夜明くるまでは残りゐぬ
  息きれし児の肌のぬくもり
40 血に染めし歌をわが世のなごりにてさすらひここに野にさけぶ秋
41 地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつゝ秋風を聴く
42 呼吸すれば、
  胸の中にて鳴る音あり。
   凩よりもさびしきその音!
43 眼閉づれど、
  心にうかぶ何もなし。
   さびしくも、また、眼をあけるかな。
44 曠野ゆく汽車のごとくに、
  このなやみ、
  ときどき我の心を通る。
45 新しき明日の来るを信ずといふ
  自分の言葉に
  嘘はなけれど——
46 人がみな
  同じ方角に向いて行く。
  それを横より見てゐる心。
47 何となく、
  自分を嘘のかたまりの如く思ひて、
  目をばつぶれる。
48 いま、夢に閑古鳥を聞けり。
   閑古鳥を忘れざりしが
   かなしくあるかな。
49 お菓子貰ふ時も忘れて、
   二階より、
   町の往来を眺むる子かな。
50 掾先にまくら出させて、
   ひさしぶりに、
   ゆふべの空にしたしめるかな。
歌人略伝
略年譜
解説「いま・ここ・わたし・石川啄木」(河野有時)
読書案内
【付録エッセイ】平熱の自我の詩について(三枝昂之)

著者略歴

著:河野 有時
1968年大阪府生。東北大学大学院文学研究科博士課程国文学専攻単位取得退学。現在 東京都立産業技術高等専門学校准教授。
主要著書・論文『論文 石川啄木Ⅱ』(おうふう)「亡児追悼—『一握の砂』の終幕」(『解釈と鑑賞』)

ISBN:9784305706355
出版社:笠間書院
判型:4-6
ページ数:120ページ
定価:1400円(本体)
発行年月日:2012年02月
発売日:2012年02月07日
国際分類コード【Thema(シーマ)】 1:DC
国際分類コード【Thema(シーマ)】 2:1FPJ