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初期シカゴ学派の人間生態学の展開

著:西川知亨

電子版

内容紹介

 それを退化というのか、進化というのかは分からない。だが、どのような社会も、何らかの形で変わり続ける。新型コロナウイルス感染症の拡大にともなう様々な影響は、人類史上、初めての経験ではある。しかしながら、急激な社会変動によるアノミー状態から、人々が何とか社会を立て直そうとするのは、人類史で見て、初めてのことではない。アノミー状態からの再組織化の様子や方法と、それらを分析するための理論について教えてくれるのが、初期シカゴ学派の社会学、とりわけその「人間生態学」である。初期シカゴ学派の社会学者たちが対峙したのは、近代化にともなう大きな社会変動と、そこから生じた社会解体である。生活上の危機や、そこからの立て直しについて、人々が営む社会生活や環境を見ることなく、問題を抱えているその人ばかりに注目したり、あるいは自己責任論的な視点のみに終始したりしていては、資するところは少ない。リスクの責任を個人が負う自己責任論的な風潮は、ギデンズやベックらが論じる「再帰的近代化」の過程の帰結なのかもしれない。だからこそ、自分や家族のみで何とかしようとする/させる「自助」や、生活圏を抜けきれない狭い視野や価値観の拘束から、人々を解放する視点が必要である。すなわち、人と社会のダイナミズムを扱うことができる、総合的社会認識の社会学が求められているのである。
 本書は、初期シカゴ学派のアーネスト・ワトソン・バージェス、およびエドワード・フランクリン・フレイジアらの人間生態学に関する文献を検討し、総合的社会認識の社会学の視点を引き出すことを目的とする。さまざまな二分法を扱うが、とくに、社会認識や調査における「量的調査と質的調査」、および「時間と空間」の二分法を総合する可能性に着目する。クリティカルな二元結合(異元結合)の視点を有した人間生態学は、問題の要因を的確にかつ多面的にとらえることのできる、生きた社会理論が目指されていた時代の活力を秘めている。バージェスが考察したように、人間生態学の視点は、「科学」「政策」「人間」などといった相互矛盾性を内包した概念で下支えがなされた。これまでのシカゴ学派のイメージに反して、人間生態学には、科学や人間性と結びついた政策的含意、つまり社会を望ましい方向へ導こうとする意味が含まれているのである。
 人間生態学は、狭い意味での社会学の理論というだけでなく、社会調査や社会福祉に開かれた「社会学的想像力」の展開を可能にしてくれる道具となる。それは単なる過去の遺物ではなく、現代の混沌とする社会にはびこる社会問題の要素還元主義や社会的排除の潮流に抗する視点として再び注目する価値のあるものである。

JP-eコード:87354742978487354742
出版社:関西大学出版部
コンテンツ公開日:2021年11月08日